「あぁ?」
 
「早く行ってこい。」
 
「なんだよ、タイミングわりぃな!」
 
 
思いっきり不機嫌を露わにした表情の要様が席を立つと、会話を遮った彼女が私の方に向き直った。
 
黒くて長いストレートの艶やかな髪を耳にかける仕草すら絵になるまさに、美人。
 
 
「邪魔してごめんね。」
 
 
うっすらと口角を上げて微笑む姿を口をあんぐり開けて見つめる私は何と言っても差は歴然。
 
月とすっぽんとはこういうことをいう。
 
 
「いえ、全然そんな滅相もござらん。」
 
「変な日本語を使うのね。」
 
 
そう言って丁寧な仕草で要様の席に腰を降ろした彼女は、一般庶民の私が隣に平然と座ってていいもんじゃないレベルの人だ。
 
言わずと知れた華道の家元の一人娘。
 
おまけにこの学校で要様の次に権力を持ってる方だ。
 
花香 椿。
 
名前だけ聞いただけで、もういい香りがしてきそうだ。
 
 
「我が儘な王子様の面倒は大変でしょ?」
 
 
さっきまでぎゃんぎゃん怒鳴り合っていた人はこの人よりも権力者なんだけど、
 
なんかこう、花香さんには、背筋ががっちがちに固まる何かがある。
 
 
こう、気品というか、気高さというか。
 
 
いくら雪に埋れても、その鮮やかさを失わないくらいの、何か。
 
 
「あー、はい。」
 
「まあ、幼馴染の私たちですら手に余る問題児だしね。
でも、それにしては、結構仲良くやってるんじゃない?」
 
 
くすっとこぼすような笑み。
何だろう、同じ女だというのにこの圧倒的な色気の差は。
 
 
要様は側にこんなんばっかいるから私を貧相だなんだというんだ。
 
 
「…あの人めっちゃくちゃですけどね。無茶振りとか本当に毎日困ってます。」
 
 
こういう時に、
 
え?そんなことないですわ。おほほほ
 
とでも返せたら、私は恐らく超出来のいい下僕の認識を与えられるんだろうが、
 
 
あいにくそこまで考えが及ばなかった。
 
 
どストレートな困ってます的な悩みに対して花香さんは何やら嬉しそうに笑う。
 
 
「要が懐くわけだよね。」
 
 
少しつり目の綺麗な瞳が、三日月みたいに細められた。
 
 
「要は自己中で我が儘で、他人のことあんまり信用しない人間だけど、見放さないであげてね。」
 
 
そう言いながら立ち上がる花香さんの黒い髪が手で払われるとゆらりと揺れて肩に流れる。
 
 
「椿でいいよ。小春ちゃん。」
 
 
冷たさを一気に打ち払うくらいの優しい微笑み。
 
思わず見惚れる私をよそにさっさと背を向けて廊下へ歩き出す姿は、下手すればそこらのモデルさんよりすらっとしていて綺麗だ。
 
 
それに比べて、私は…。
 
 
そっと、窓辺に映る自分を見つめてみるけど、虚しくなってきたので目を逸らして料理長が作ってくれたお弁当を広げた。
 
が、
 
 
「おい!椿!!誰も呼んでねぇぞ!!」
 
 
ガラッと教室のドアを勢いよく開けてでかでかと教室中に響き渡るボイスを披露する我が家の王子様によって私の平穏な昼食タイムは幕を降ろしたのだった。
 
要様は周りの席の子がかなりダイナミックに驚いていたのなんて気にもせずに睨みをきかせた目つきで教室内を見渡す。
 
そしていないと分かるとずかずか私の方へやってきて、大変ご立腹なご様子で椅子に座った。
 
 
「椿は?」
 
「廊下の方へ颯爽と有り余る長い美脚で歩いて行きました。」
 
「は?また如月のとこかよ。」
 
 
要様はそうブツブツ言いながらシルバーの世に聞くiPhoneとやらを取り出して、素早い手つきで誰かに電話をかける。
 
 
「如月、後で椿にしばくって伝えとけ。」
 
10秒にも満たない電話は私が相手の声を確認する間もなく切れたので、おそらく相手はもしもしのもの字も言わせてもらえなかったとみた。
 
 
「毎日如月と飯なんか食ってるから友達できねぇんだよ。」
 
 
むすっとした様子で偉そうにふんぞりかえる王子。
 
飯食う友達いないのはあんたも一緒だろう。
 
なんて思ってすぐに私もか、とブーメラン返しにあった。
 
 
「如月さんって、生徒会長さんですよね。あの爽やかな好青年的な。」
 
「さわやかぁ?」
 
 
私の問いかけに対しての要様の嫌な顔。
 
何だよその反応は、と思いながらアスパラベーコン巻きを食べる私。
 
 
「あー、まー、爽やかでいいんじゃね。いいよもう。」
 
「なんすかそれ。なんでわざわざ気になる言い方するんですか!」
 
「うっせぇな、なんでもいいだろ。お前が興味持つのは俺だけでいいんだよ。」
 
「ってか、華道の椿さんと、生徒会長の如月さんと要様がどういう関係があるんですか。」
 
「人の話をきけ!」
 
 
1人でもぐもぐとお弁当を頬張っていると、要様にほっぺをつねられて怒鳴られる。
 
「いひゃい!」
「自業自得。」
 
 
要様のその俺がルール的な考え方はどうにかならないものか。
 
 
「椿と俺と如月は腐れ縁だよ。お前とは違って幼稚園の時からずっとエレベーター式でここまで来てんの。家柄的にも俺らが上位階級のトップだし。必然的に幼馴染なんだよ。」
 
 
要様のご機嫌は更に右下に向かって急下降中だ。
 
これはやばい。どんな火の粉がこっちに飛んでくるか分からない。
 
 
「へぇ~、そうなんだぁ~!小春これでまた要様のこと一つ知れちゃいました!!」
 
 
語尾にハートでもつきそうなくらいありったけのキュートさを詰め込んだごますりだった、
 
が、すぐにむっとした要様の手によって私のほっぺが引き伸ばされる。
 
 
「その貧弱な成りで媚売ったところで無効果だから二度とやるな。」
 
「しゅいまへん。」
 
凄まじく酷いことを言われながら謝る私の惨めなこと惨めなこと。
 
要様の手が離れて、引き伸ばされた頬をさすりながら泣く泣く唇を尖らせる。
 
いくら収入が良くても、私は大人になったら絶対こんな仕事はしないと固く心に決めた。
 
 
「で、その如月さんと椿さんは付き合ってるんですか?」
 
 
もうご機嫌を取ることは諦めて、会話を広げてみることにする。
 
すると、急激に要様の表情は固まって、無表情のまま唐突にゆで卵を口に突っ込まれた。
 
解せぬ。全く解せぬ。
 
 
「それ、二度と言うなよ。殺されるぞ、あいつの犬に。」
 
 
ゆで卵を突っ込まれて戦慄している私に向かって、要様は何とも真剣な表情でまるで極秘事項でも話してるみたいな言い方をする。
 
 
だがしかし、ゆで卵を丸々一個口の中に何の準備もなくいれられた私はそれどころじゃない。
 
いかにこのゆで卵を食べていくか、物凄く真剣な悩みにかされている。
 
 
「まず、忠犬みたいな男に会ったら、とりあえず関わらないことをおすすめする。」
 
 
私はこの時初めて、要様が本気で恐れる人がいることを知る前に、要様が言っていた犬が男の人だということを知った。
 
 
 
to be countinued?
 
 
椿さん登場
 
 
 
 
 
 
紅都 蓮