きれいに見えた皆既月食も、なんだか飽きてきたように感じるのは、
少年の心が消えつつあるオジサンの証だろうか。
三日月にしても、満月にしても、月食にしても、所詮、見た目が変化しているだけで
そこに月があることは変わらないんだから・・・
いや、ひょっとすると「月という実体がある」という概念なのかも・・・
などと、MATRIX的なことを考えている私自身にも実体が有るのか、無いのか。
iPhoneを尻ポケットに入れずにカバンにしまうようにしたため、時間を確認しずらいからと、
復活させた腕時計の装着にも慣れてきた。
しかし、朝のお出かけ身支度で時計装着の手順が増えたため、なぜか家の鍵を持つのを忘れるようになった。
ひとつ覚えると、ひとつ忘れる・・・これは、オジサン特性とは違うか?
時間を見る仕草は昔と変わっていないと思うけど、
ちょっと緩くなったベルトは、私の過去の実体の境界を現しているらしい。

