おそらく10年くらい前の話だと記憶している。
(気持ちの良い内容ではありません。嫌な方は読まないでください。)

最近は時間がないせいもありシャワーで済ませていたが、昨夜は久々にゆったりと湯船に浸かることができた。
そして、ふと記憶が蘇った。

その頃、私は脳外科の入る病棟で働いていたのだが、とにかく重労働で多忙。休憩を満足に取ることも難しく、残業せねば仕事が終わらないほどだった。

60代の女性がある疾患により予後不良で長期入院されていた。意識はなく全身には呼吸器や脳ドレーン、点滴やオシッコなどのあらゆる管が入っていた。

その方には夫以外の身内はいないようで、夫もまた、その妻以外に身内はいないという2人で生きてきて、どちらかがいなくなれば天涯孤独という関係だったように思う。

夫は1日のほとんどを妻のそばで過ごしていた。夜は必ず妻の横に寝ていた(本来は出来ない部屋だったが…)。

そして医師を含めたスタッフ皆が対応に苦慮していた。とにかく何につけてもクレームとも取れることを言われ、話に捕まると1時間ほどは他の仕事が一切出来なくなるのである。
特に夜勤中はきつかった。看護師の人数が少ないがやることは沢山あり、時間でやらなければならないこともあったからである。完全に業務に支障を来していた。
看護師のやり方にも評価を下し、時には手を出し、それを私に話してくることもしばしばあった。後輩らは完全に萎縮していた。
担当医や看護の上司を含めた話し合いが何度持たれたことか…。

それでも何とか折り合いをつけながら日々が過ぎ、妻の容態がそろそろ危険な状態になり…。
夜勤中に夫が思い詰めた表情で私に 

「子猫の首を折って死なせてきた」と。
二匹か三匹だったと思う。

この夫婦は野良猫だった猫を飼っていたそうだが、その猫が産んだ子猫がいるようであった。
特に妻が猫好きだったと記憶している。
「俺は(妻を)亡くしたら生きている意味がない」「俺がいなくなれば猫の面倒を見る人はいない、だから仕方ない」と話していたと思う。

やがて妻は亡くなり退院をお見送りした時に、夫は涙を堪えながら深々と頭を下げ
「お世話になりました、ありがとうございました」と言い、妻と帰っていった。

夫は猫の始末を自らの手でしたのである。
そのことが、ふと記憶に蘇った昨夜であった。

(夫のその後の質問や、猫に対してどうするべきだったなど意見はご容赦ください)