タイ語で良く聞く単語で
มีน้าใจ (mee-nam-jai ミーナムジャイ) というのがある。
日本語にすると思いやりがあるという意味。
未だにこの用法が難しいと思う。
日本人の言う思いやりは
「思いやりがある=精神的に相手を思いやる=人の相談に乗ってあげたり親切に対応する」
という事だと思う。
しかし、タイ人では
「思いやりがある=慈悲の心がある=金品を寄付したりあげたりすることが出来る親切な行為」
という解釈で使われる มีน้าใจ (ミーナムジャイ)のが一般的には多い様な気がする。
仏教的なお布施(タンブンの積み重ね)から来ているもではと思う。
でもタイ人によっては全く日本人と同じで精神的に親切にするという解釈もあるのは事実なようだ。
たとえば前回こんなことがあった。
友達のY君と歩いていて、ファランが道を聞いてきた。
Y君とても丁寧に行き先を教えていた。
で俺が「ミーナムジャイだね」とY君にいうと「まぁね」と照れ笑いを見せた。
ということはここに金品の寄付が絡まないでも、日本的な親切に対応するというだけでの使い方も間違っていないと言うことなのだろうか
タイ語はやっぱり奥深いな
มีน้าใจ (mee-nam-jai ミーナムジャイ) というのがある。
日本語にすると思いやりがあるという意味。
未だにこの用法が難しいと思う。
日本人の言う思いやりは
「思いやりがある=精神的に相手を思いやる=人の相談に乗ってあげたり親切に対応する」
という事だと思う。
しかし、タイ人では
「思いやりがある=慈悲の心がある=金品を寄付したりあげたりすることが出来る親切な行為」
という解釈で使われる มีน้าใจ (ミーナムジャイ)のが一般的には多い様な気がする。
仏教的なお布施(タンブンの積み重ね)から来ているもではと思う。
でもタイ人によっては全く日本人と同じで精神的に親切にするという解釈もあるのは事実なようだ。
たとえば前回こんなことがあった。
友達のY君と歩いていて、ファランが道を聞いてきた。
Y君とても丁寧に行き先を教えていた。
で俺が「ミーナムジャイだね」とY君にいうと「まぁね」と照れ笑いを見せた。
ということはここに金品の寄付が絡まないでも、日本的な親切に対応するというだけでの使い方も間違っていないと言うことなのだろうか

タイ語はやっぱり奥深いな
