舞台「シブヤから遠く離れて」。
だんだん記憶が薄れていく、、
本を読むと、セリフは頭の中で音声に変換されるのだけど。

サファリや帝一の発表でもう次に進んでる感はありますが
シブヤは自分の中の解釈をはっきりさせておきたい、、

今後、テレビ放送を期待して待っている方や
世界観を壊したくない、謎解きのようなことはしたくない方
↓これから先はご注意ください。






























そういえば前回、年齢の話をしたけれど
ケンイチのセリフで「二年生の花壇の中に」ってところがある。
自分たちの学年が三年なら、「二年の花壇」て言いそうだと考えると
一年生なのかなぁと。
となるとやはり高1なのかな、中1だとアキちゃんの年齢が低すぎてしまうし。

ニュアンス的にはナオヤとケンイチは小さい頃から遊んでいたような
そんな感じもするのだけど、南平台の小学校の学区を見ると
どんづまり?のナオヤがあの学区に住んでるのか?と思うと
なんか違うのかなって、でも同じ高校になるって
ナオヤとケンイチは学力は同じくらいってことだよねぇ。

でも、学年ごとの花壇って小学校っぽいよね、、
靴を隠した事件は小学校の時のことで
アキちゃんとのことや、ケンイチのお母さんとのこと
最後の事件のことはすべて同じ時期とは限らないか、、
突き詰めると余計わからなくなります。



さて、次にケンイチが現れるのは
マリーとアオヤギ、マリーとナオヤのシーンが終わり
黒服の3人が去って行った後。

ケンイチはナオヤとのシーンだけに現れて
ナオヤとしか会話しないけど
黒服の声は聞こえている。
ケンイチからはこの家に集まる全ての人間の声が聞こえ
行動も全て見えているのだろうか。

それならなぜ、マリーがここに勝手に住んでいる事は
何も言わないのだろう。
しかも、お母さんの部屋に。
フクダさんに関しても、「また誰か来る」って言ってるから
見えてるんだと思う。



ここでのナオヤとの会話で、
「なんでその部屋に入ったわけ?」って
ケンイチはお母さんの部屋にナオヤが入ったことを責め始める。

マリーとナオヤのシーンで
ナオヤがマリーの部屋に入り、中の鳥の絵を見て
「ケンイチくんのお母さんの部屋だった」、と言うのを
ケンイチは聞いていた。


「あの時も時々ひとりで入ってたよな。おふくろが留守の時さあ」


ケンイチの言ってることは、
ナオヤの見ている夢の中でも真実であるとしたら
留守の時に入るって、どういう心境なんだろうって。
興味?恋心?


「ケンイチくんのお母さんが入っていいって言った」


ナオヤはそう言う。
これ、留守の時に勝手に入ったのと、入れてもらったのでは
大きく解釈が違うと思うんだけどなぁ。
ケンイチの言ってることが合ってる前提でいくけど


①.留守の時勝手に入り、ケンイチのお母さんは入れていない

②.留守の時勝手に入ったが、ケンイチのお母さんが入れたこともある

③.ケンイチのお母さんが入れたことがあるので、留守の時入ってもよかった


お話全体を見た個人的な感覚だけど
ナオヤとケンイチのお母さんに
一線を超えた深い関係があったと思えないんだよなぁ。

マリーをケンイチのお母さんにリンクさせたとしても
ナオヤとマリーの関係は一線を超えていないし
ナオヤのマリーに対する恋心のようなものも感じられない。
感じるとすれば、マリーにケンイチのお母さんを重ねてる?
ように思える最後のシーン。

アキとは一線を超えたように思えるような
トシミとのシーンがはっきり描かれているのに
マリーとは、ナオヤの夢か幻か
マリーが亡くなってから見えた幻覚の中で戯れただけ。



①ならば、ナオヤの勝手な片思いというか憧れ?で
ケンイチのお母さんに友達のお母さん以上の思いを持っていて
留守中のケンイチのお母さんの部屋に入ってみたくなった。

②ならば、①のような思いがあって留守中に勝手に入ったが
ケンイチのお母さんがいる時にも、入れてもらったことがあった。
これは、ケンイチのお母さんがどういう思いで入れたのかだけど
息子の友達が遊びに来て、扉の前に立っていたら
どうぞ入ってーなんて入れるかもしれない。

③ならば、息子の友達を超えた思いが
ケンイチのお母さんの方にもあり
ナオヤが来たら部屋に入れていたし
ナオヤが勝手に入ることもあった。

でもやっぱり③でも禁断の思いであり、お互い葛藤があって
一線は超えないままプラトニックだったと思う。



だってそもそも普通に考えると
裕福なお宅の奥様が、息子と娘がいて日々幸せに過ごす中
息子と同じ年のしかも友達に、それ以上の思いを持つ状況が
いまいちピンとこない。
昼のドラマ的発想ならあるのかもしれないけど、、
シブヤはそういうお話じゃないし、、

フクダさんのセリフの中で
ケンイチのお父さんは新興の船会社の社長さんで
一時は羽振りが良かったけど落ちていったと。
それにケンイチの死が関係ない、と言ってるので
元々、ケンイチのお父さんの会社の経営状況は悪く
家庭内は不和が起きていたとしてもおかしくない。

と考えると、普通なら夫婦同室だと思われるのに
“ケンイチのお母さんの部屋”として独立した部屋があるのも
なんとなく納得。
家庭内別居ってやつ?

ケンイチのお母さんがお父さんに冷めている状況ならば
ナオヤとの禁断の恋も、まぁ、なくはないのかなぁ。
でもやっぱ不自然。



最後、ナオヤの中のマリーの幻覚?が
若きウェルテルの悩みの一節を朗読するシーンがあるけど
ウェルテルの母=ナオヤの思い描く母=ケンイチの母とすると
ケンイチのお母さんは子供達に愛情を持って育てていた、
旦那に愛想をつかしたとしても、ナオヤとの禁断の愛に走るような
そんな女性であったら、ナオヤは母性や憧れを感じないだろうし
やっぱりケンイチのお母さんはケンイチとアキが大切だっただろうなと。

それをケンイチがどう取っていたかは別だけど。
ケンイチは幸せな家庭に育ったはずなのに
死を迎える前から、現実とのギャップに悩んでいたのか。
妙に卑屈で、悟っているような、あの感じ。

父の会社の経営悪化、父と母の不仲、学校での妬み?
お金持ちのお坊っちゃんだから、いやでも実は違う、
ケンイチからしたら、家庭不和、愛されていない自分
ナオヤがお母さんに気に入られているように見えたのかな。
お母さんはケンイチをちゃんと愛していたのに。

ケンイチは常にナオヤの優位に立っていたいという
虚勢のようなものも感じるんだよな、、

お母さんはナオヤを気に入っている、でも認めたくない。
俺は金持ちの家で幸せに暮らしているんだ、
両親に愛されて育ってきた、可愛い妹もいる、
その象徴がこの家だ、でも現実は。




うーん、勝手な解釈ですが。
ケンイチのお母さん像がものすごくつかみづらいけど
私的にはあまりマリーと重ならない。
このお話の中で“ケンイチのお母さん”は絶対的な存在で
たまたま居合わせたマリーを、ナオヤが重ねただけ
という感じがしてる。

あくまでも、ここはケンイチの家で
ケンイチ家族の話であり
その物語の舞台に、たまたまいろんな人々が
出たり入ったりするお話。


「何だと思ってるんだ、人の家を」


ケンイチのこの言葉が重いなぁ。