正直、振り返るのがツライ。
でも新しい年に持ち越したくない、負の感情。
長くなるし、みんなの気分を害しちゃうと思うから、読みたくない方は今すぐブラウザバックね(笑)
2月に、私を実の娘のように可愛がってくれてた『おかあさん』が亡くなった。
昨年から体調を崩していたのに、なかなか会いに行くことが出来ないままで。
『おかあさん』危篤の知らせを、2/4のauncia主催LIVEの会場に入る直前に受けた。
あの時LIVEを諦めて向かっていれば…と今も時々思う。
そして311。
その時、私は職場のフロントで接客中だった。
深い深い地底から何かが這い上がってくるような、凄くイヤな地響き。
これデカい。と思った。
その後は無我夢中だったなぁ。
夕方いったん帰宅したけど、私の居住地域はすべてのライフラインがストップしてて、まさにゴーストタウンだった。
陸橋のてっぺんから見たあの景色は、今も頭から離れない。
自分の部屋の惨状にクラクラしながらも、どうすることも出来ないので職場にUターン。
同僚達も次々に職場へやってきた。
この時点でメールは受信出来たが送信は出来ず、電話機能はまったく使い物にならなかった。
しかし受信した沢山のメールに書かれていた
『東北のみんなは大丈夫?』
の文字に胸騒ぎが止まらない。
東北に何が起きてるの???
その後、TVに映し出された映像に。言葉を失った。
福島には弟が住んでいる。
2月に亡くなった『おかあさん』の家は宮城と福島の県境。
昔はよく、福島の海岸沿いの景色を楽しみながら、『おかあさん』の家に遊びに行った。
その海岸沿いの町、浪江、相馬には叔父と叔母。
名取には甥。
仙台には姪と友人達。
どこも壊滅状態。
あとはみんなも知ってる通り、いまだに復興の目処が立っていない地域のほうがはるかに多い現状。
でも『おかあさん』の娘さんが私に言うんだ。
『あいちゃんは今まで通りに暮らせばいいんだからね。こっちはみんな前向いてるからね。』
いつも私のほうが励まされてしまう。
長いな。
分けよう。
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