紅の家の前で扉をくぐり抜けてからの私は、いつまでも覚めない夢の中にいるようだった。
見るものすべては美しく素晴らしく光り輝いて、私の目を奪い続ける・・・
湖上から戻って腰を落ち着けても、心は舞い上がりふわふわとどこかへ連れ去られてしまう――そんな私の手を紅はぎゅっと握り締めて、大丈夫だと知らせてくれる。
ほんとは、紅だって私と同じふうに気持ちは落ち着かないはずなのに。
この大好きな白い手が私の手を離さないでいる限り、私は安心していられる――
用意が整い、鳩が再び時間を教えてくれる。
開いた扉の先へは、もうお父様やお母様は一緒ではないことを、緑子様に背中を押されて知る。
『お父様・・・』
最後に見た父の姿はやはり、少し強引であたたかい、私の大好きな父だった。
父はただ私を見つめて、頬と髪の毛を撫ぜた。私の大好きな茶色のオニキスの瞳は、潤んではいない。ただ少し眉間が切なそうに見えるだけだ。
『元気でいろ』
ただそれだけ口に出し、おでこを手のひらでぐいっと撫で上げた。
『うん・・・!』
横から優しい腕が伸びて、お母様が私を抱きしめる。
『笑顔を忘れないでね・・・』
お母様のローズクォーツのやわらかいピンクの瞳は、もう涙であふれてる。お母様こそ、もう泣かないで・・・
そう思ってる私の目からも涙がこぼれる。
やっぱりお母様の娘だよ。
涙、止まらないよ・・・
『二人して、なんだ』
お父様がお母様ごと私を抱きしめた。
この力強い腕に支えてもらうことは、もうできないの――
『おっ・・・お父・・・様、お母様・・・大好き!だいすき!』
『うんうん・・・』
やがて温かい胸が離れる・・・柔らかい腕も、微笑みも、涙も・・・
その柔らかい空気が、風になって去ってゆく。
紅が、後から私の肩をがしっと押さえた。
私からことばを揺り起こすように、体をがくがくとゆさぶった。
『さ・・・さよなら!ありがとう・・・お父様・・・お母様・・・!』
鳩の瞳が白く発光し、扉が私たちを分ける。
お父様とお母様は、私たちが消えるまでずっと寄り添って見つめていた――