
8月になると、あの日の事を思いだす。
何年前だったかは忘れた。 8月の下旬頃だった。
暑い1日だったが、朝夕は涼しく感じられた。秋は近いように思えた。そんな日だった。
その日も、私は早朝から鮎と戯れていた。川の流れと会話しながら。周りには誰もいなかった。
そこそこ釣れていたので、気持ち的には余裕があった。
15時過ぎ頃だったと思う。遠くで雷の音がした。ツクツクボウシの鳴き声が心地良く感じられている頃。まだ私は目印を追っていた。
だんだん雷の音が近づいて来た。雲行きも怪しくなって来た。
辺りが薄暗くなって来た。雨も近いと思えた。私は、一旦竿を置いた。
大きな石に腰掛け、煙草に火をつけ、冷たいお茶を飲んだ。
ふと対岸の竹藪に目を移した。
竹藪に誰か居る。
二人座ってこちらを見ているように思えた。
よく目を凝らして見ると
半ズボンに、白のランニングシャツの小学校低学年ぐらいの男の子、頭には黄色い帽子、西鉄ライオンズのマークがついている。私が子供の頃の格好だった。
その傍らには、大きな麦わら帽子を被った野良着姿のおじいさん。煙草の煙りがくゆっていた。
その二人はずっとこちらを見ている。何を話すでもなく、じっとこちらを見ている。
よく考えてみた。
あの竹藪の裏は険しい山。
あの場所に行くには、私の下流を川切りするしかない。
ずっとこちらを見ている。笑うでもなく、話すでもなく
背筋がぞっとした。
大粒の雨が落ちて来た。
雷が近くで光った。けたたましい音と共に、一瞬頭を下げた。
顔を上げて、対岸の竹藪に目をやった。
二人はいなかった。
さらに雨は激しくなって来た。 今日は満足できる釣果を得ていたので、竿をたたんだ。
曳き舟と囮缶の鮎をクーラーに移し、車の後ろのハッチを開け着替えた。まだ雨は降り続いていた。
全てを片付け終え、運転席に座りキーを回した。
ルームミラーに目をやった。
さっき竹藪にいた、あの子が後部座席にいた。びしょ濡れだった。
雨が止んだ。
あの子は姿を消した。
夕暮れが迫っていた。またツクツクボウシが鳴きだしていた。
後日、漁協の人にこの事を話してみた。
漁協の人達は、皆さん知っていた。
ある方が話してくれた。
昭和41、2年頃だったかな…
夏休みでおじいさんの家に遊びに来て、おじいさんと二人で川で魚取りをしていて、子供が流されたんだと思う。おじいさんは、流され子供を助けようとして自分も流されたのではないかと…
子供の遺体は見つかったが、おじいさんは見つからなかったそうだ。
秋は近かった。
さて、ハリ巻きでもしようか。
