今年も8月15日 終戦記念日を厳粛に過ごした
開戦をつげるアナウンサーの声
終戦を告げる陛下のお言葉
この2つの言葉は生涯 私の耳から離れることはない
戦争を知る人は少なくなった 青春の真っ只中の出来事だった
私96歳になる
今年も8月15日 終戦記念日を厳粛に過ごした
開戦をつげるアナウンサーの声
終戦を告げる陛下のお言葉
この2つの言葉は生涯 私の耳から離れることはない
戦争を知る人は少なくなった 青春の真っ只中の出来事だった
私96歳になる
今年はまだ赤とんぼを見ない
以前 赤とんぼの大群が整然と列を組んで飛ぶのを見た
去年はてんでバラバラに飛んでいるのを見た
ベランダに花を植えていたころ 時にモンシロチョウが舞い込んできた
トンボも現れた 黒いトンボのオニヤンマも現れたが近頃久しく見たことがない
トンボ釣り今日はどこまで行ったやら
私も学童の頃 おにぎりを腰弁に一日中
野山を駆けずり回る生活だった
お盆と正月 日本人のお祭りの日なのですが私にとっては終戦記念日で厳粛な日です
日本はアメリカと戦い負けました
日清 日露戦争に勝ち 力をつけてきた日本に脅威を持ち始めたアメリカはいろいろ嫌がらせを始めたのです 例えば石油がうまく出回らないように圧力をかけたりその他いろいろ邪魔をしました それに業を切らした日本が立ち上がったのです
遂に開戦に至りました 12月8日です この時の報道 アナウンサーの声は今も耳に残つています
そして敗戦 8月15日
敗戦は悪いことばかりではありませんでした それまで男尊女卑の風習の色濃くあった日本を男女同権に導いてくれました 女性の私にとっては飛び上がるほどうれしい事でした
アメリカは多分賠償金を取りませんでした 反対にララ物資を送って物資の少ない日本の援助をしてくれたのを思い出します
私もララ物資として縫製された衣服を一枚貰いましが その縫製の良さに目 を見張りました
子供達には脱脂ミルクが送られてきました 美味しいとは言えませんが栄養不足の時代ですから 有り難い事でした
連日の酷暑に体が悲鳴を上げています 窓を開けても熱風しか入つてきません
でも秋の到来も間近でしょう
赤とんぼがテンデンコに飛び交っています 秋の訪れを予告しています
以前 赤とんぼの群れをよく見ましたが今は群れではなくテンデンコ 社会と同じです
どうしてでしょう
今年の夏も終わりに近づいてきました元気に鳴いていた蝉の声も 心なしか弱々しくなつてきました
子供の頃は夏休みは楽しいことがいっぱいで終日遊びまわっていました でも 終わりごろになると宿題などで てんやわんや 吞気坊主の妹の分までやらされてうんざりしました
眼下に小学校が見えます 今は静かですが9月になれば元気な学童たちの姿が観られる事でしょう
暑い暑い真夏はもうすぐ終わりですネ
今朝 窓を開けると少しさわやかな風が入ってきました
元気な蝉の声も少し弱まってきました
赤とんぼが今盛んに飛び交っています
今年は蝶々を見ませんでした 例年ですとベランダに舞い込んできました
モンシロチョウ イチモンドセセリ 時には大きなヤンマも見掛けましたが・・・・
秋の虫の声もきこえてきません 以前は庭の石ころをのけると コウロギが姿を現しましたが 今はどうでしょう?
ベランダに出てみると地球が丸いことがわかる
どのようにしてこの家が手に入ったか 成り行きは忘れたが本当に感謝しかない
ベランダに面した戸 窓を開けると新鮮な空気がサツと入り 玄関ドアも明ければ数分で家中の空 気が入れ替わる
夏休みに入って 眼下に見える小学校の人影なし
子供の頃 夏休みはたのしかったなー と ふと思い出す
宿題など忘れて遊び惚け 30日ころ大慌てでやっつけたことなども
窓を開けるとサッと風が入ってくる海を渡っった新鮮な風
深呼吸をして一日が始まる
こんなにいい家 どのようにして手に入ったのか?
運のよいことに感謝している
眼下に小学校が見える 夏休みに入って人影はない
今年 小学校では運動会がなかった
休み時間のワーワー騒ぐ声も聞こえてこなかった
皆 マスクをしているせいではないでしょうか
子供はうるさいぐらい元気が欲しい
今年も8月15日が近ずく 終戦記念日である
正月とお盆 ご先祖様も里帰り 楽しい日なのに私にとっては厳粛な日である
今や 戦争を知る人は少なくなりましたが 私には青春の真っ只中の出来事で忘れることはできません
終戦を告げる陛下のお言葉今でもハッキリ耳に残っています
当時の日本軍部はハワイに集結したアメリカ艦隊を襲撃しました ミズリー号はじめ多くの戦艦を失ったアメリカは リメンバー パールハーバーと反撃してきました 戦争の始まりです
アメリカは沖縄を手に入れ基地を築き 毎日のように爆撃機を飛ばしてきました
日本は負けました8月15日は敗戦記念日です
負けた日本にアメリカは戦賞金を取ることはなく逆にララ物資を送ってくれました
私もこの時一枚の洋服をもらいましたがその仕立ての良さに驚きました 文明のちがいです
日本軍は一体何を考え戦争を始めたのでしょう か
負けそうになれば神風が吹くと本気で考えていたのでしょうか?