95歳の私 姉は98歳 妹は93歳 長生きの家系

その上癌には無縁 恵まれた家系のうまれです

 

先祖は智将今川義元と伝えられています

小学校の時 姉6年生 私3年生 妹1年生 そろって優等賞を貰い母親を喜ばしました

 

勉強は学校だけ家に帰れば母親の手伝いです 

 

その頃の母親は多忙な家事の担い手ですから 役に立つ私はこき使われました

姉や妹は机に向かう時間がありましたが私にはありませんでした

お陰で見よう見まねで家事全般出来るようになりました

 

その頃 水は共同汲みあげポンプから汲みあげ 台所の大甕に蓄えて使っていました  

水を汲んでくるのは子供の仕事でした

 

學校へ行く前には庭掃除の役目を果たさねばなりません 

忙しい小学生でした

今 目覚めたら何もしなくとも見える 医学の進歩で嬉しく 有難い

50年ほど前 白内障にかかった その頃ようやく眼内レンズが発明されたがまだ確たる保証は出来ないからとて 着脱式の眼内レンズを薦められた 

朝起きたら眼内レンズを入れ 夜寝る前に外すの毎日だった レンズの手入れも重要だつた 

 

50年過ぎた今 何もしなくても両眼がはっきり見える 眼内レンズをいれたまま寝起きして良いようになったからだ

医学の進歩で私の人生に幸せをもたらせた 感謝!

 

昨日変なものを食べた

お粥ちらし寿司

養護老人ホームでのこと  

お粥ちらし寿司を作った人は試食してみたか?

試食して合格サインを出していたら問題だと思うけど如何?

数年前 丁度今頃は年賀状書くのが恒例だった

干支に関係のある図をかき宛名を書いた すべて筆でしたためたから かなり大変だった

 

普段は筆を持つことがすくないので初めはぎこちない字であるが何枚か書くうちに段々とよくなってくる

 

年賀状の交換で知人の動静が分った

今 年賀状のやり取りがないので動静が分らない ちょつと寂しい気がする

 

先年 私からにの年賀状を捨てずに持っている人が 古い年賀状を見せてくれた

思いがけない出来事で感謝感激した

 

お正月にはさっぱりした身なりで過ごしたい そこで床屋に行った

 

子供の頃 普段は家で母親が散髪し 髪型は おかっぱ頭であった

 

小学校の時の友達 田中智子ちゃんは 刈り上げをしていてカツコよかつた

今でも名前を憶えている位ですから余程羨ましく思っていたことでしょう

 

話しは変わるが  

 

一時期パーマネントが流行った 髪の毛をクルクル巻いて大きなお釜を被って加熱処理した

でもすぐに廃れてコールドパーマになった

 

今私は見事な白髪 分量もタップリだが あまり早くは伸びなくなったので床屋に行く回数は減った

 

床屋は今ビューティーサロンと呼ばれる ビューティーサロンのお兄さんは物知りだ いつも何かを教わって帰ってくる

いよいよ師走 大掃除の季節 

昔 町中総大掃除の日があった  

 

畳みを日干し専用の叩き器具で裏表を丹念に叩いてほこりをたたき出した

街中一斉に遣るので大きな音が響き渡った

 

最近はそうした行事はなくなった 

 

となりに住む人とも交際はない

良いか悪いか判断は出来ない

 

歌があつた 隣組の歌

 

トントン トンカラリン と隣組 回してちょうだい回覧板 助けられたりたすけたり

 

 

衣替えした

去年丁度よかつたスラックスの丈がちょっと長いような気がする  

 

足が短くなったにかな?  

 

そうではなく 腰の筋肉が落ちたのだと気が付いた

 

歩く距離が短くなったからだと気が付いた

 

歩かねばいけない 歩かねばいけない

 

さあ出かけよう郵便局へ

最近 雀の姿を見ないがどうしてなのか? 

 

以前はベランダにパン粉を撒いておくと雀がやってきて ついばんでいた

雀にもツガイがあり 一匹がやってきて安心と分かるともう一匹を呼び込んで仲良く食べていた  

 

他の雀がやってくると 時として壮絶な争奪戦をするのを見たことが有る

 

その雀 しばらく 姿を見ない 

 

秋なのに虫の声も聞こえてこない 14階にすんでいるからきこえてこないのか? 

階下に人は虫の声を楽しんでおられるのか?知りたい

ひと昔前日本には消費税はなかった  

夫の勤務地 ニューヨークへ渡った時7%の消費税が物品にかかると驚いた 

  

ニューヨークの対岸ニュージャージーは無税なので人々は大きな買い物はニュージャージーへ出かけた  

 

あの有名なゴールデンブリツジッを渡つてニュージャージーに行った  

 

 

一番先に買ったのはブーツだった 日本から持参したブーツは全く役に立たなかった 

 

雪質の違いであり 日本の雪は湿り気があるがニューヨークの雪は片栗粉のようにサラサラであったため滑ってしまうのです

 

小学校の時全校一斉に知能テストがあった 3年生の時だったと思う

答案用紙を提出した人は静かに教室から出て運動場で遊んでよいと言われていた  

 

私が運動場に出た時 他に誰もいなかった 

 

2000人のマンモス校であった 

 

つまり 2000人の中で1番知能が優れているということになる

父母から受け継いだ知能であるから自慢したことはない 

 

母親は便利に私をこき使った 父親は甘ったれの妹の宿題を手伝うよう命じた 

父母に褒めれたことは殆どない 

  

でもまあ 良しとする 95歳まで健康に恵まれ幸せに生きてきた