多田等観生誕120周年記念碑の除幕式に行く | チベせん日記

多田等観生誕120周年記念碑の除幕式に行く


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先日、地元の方々のお誘いをうけ、先の日記にて紹介した多田等観生誕120周年記念碑の除幕式に参列してきました。


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当日はあいにくの雨。記念碑もテントで雨避けです。


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観音堂内で執り行われている法要に続々と集落の人々が集まってくる。


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観音堂内の法要の様子。これがとても面白く、端的に説明すると物凄い神仏混合で、経をあげる僧侶の脇で白装束を身にまとった氏子衆が神楽を奏でている。


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この日は普段厳重に金庫に保管されている御本尊のチベット千手千眼十一面観音像も御開帳。


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ダライ・ラマ13世から下賜された塑像。

写真を撮っていたら初老の男性が「ちょっと」と近づいてきたので、すわ怒られるのかと思いきや、「もうちょっと見やすくしてあげますから」と、わざわざ脚立に上って緞帳を開いて下さった(笑)。


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神楽舞台では地元湯口小学校の6年生の生徒たちによる多田等観の研究発表が寸劇を交えて行われた。これがなかなかよく調べていて、まさかこんな子供たちの口から「ノルブリンカ」とか「デルゲ版大蔵経」などというような言葉を聞くとは思わず、ご一緒した渡辺一枝さんも感激しておられた。

最後に全員で「湯口地区の中に等観さんは生きています」と声を合わせていたが、少なくてもこの子たちが生きているあと70年は語り継がれていくのではないかと確信した。


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いよいよ除幕式に移る。まずは円万寺神楽を奉納。


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それではお待ちかねの除幕式。

向かって左から三人目が花巻市の大石市長、そのお隣が等観の甥御さんで光徳寺御住職の鎌倉玄悦氏、中央の半袖のYシャツ姿の方が今回お誘い頂いた花巻市議会議員の名須川さん。


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せぇ~の、ジャ~ン!!


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記念碑は石材会社の社長の提案で、等観の生れ故郷の秋田の自然石と、縁のあったインドの黒御影石を使用し、等観の読んだ漢詩や略歴譜、功績を記した紹介文が刻まれ、碑文の一番最後は「平成2010年7月、生誕120周年記念碑が観音山に建立される」でしめられている。

私たちはせめてもの感謝の気持ちを込めてカタを捧げさせてもらった。


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雨足が強くなってきたので八坂神社拝殿内に場所を移しセレモニーを続行。

写真は式辞にて記念碑建立の謝意を述べる「円万寺観音山を守る会」会長の畠山博志氏。


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除幕式はあいにくの空模様だったが、めでたい日の雨はチベットでは吉兆の印。

多田等観が疎開していた頃から数えて60有余年が過ぎた21世紀の現在でも疎開先の花巻市湯口地域ではその縁を子々孫々まで大切に語り継ごうとする、厳しい気候風土に生きる南部の人々の厚い人情を感じる除幕式でした。

ここにも日本とチベットの長い歴史が脈々と受け継がれており、近い将来、チベット人のみならずチベット関係者の間では観音山が聖地として参拝に訪れる場所になるのは間違いないと思われます。


畠山さん、名須川さん、この度はお誘い頂きまして本当にありがとうございました。


円万寺観音山、

皆さんも機会がありましたら是非訪れて下さい。