依存ってなんだか生々しい印象がある。
それは、学生時代に友人の恋愛相談で、
友人とその彼氏が共依存にある、という話を聞いたせいかもしれない。
若い時期の恋愛は他のことが見えなくなるくらい、
のめりこむものだし、そもそもいくつになっても
外側から見える以上に生々しくて、やっぱり動物であることを
意識する点で、スマートにはいかないことが多い。
そんな状況での”依存”は多いにあり得ると思う。
そこまで分かりやすくなかったとしても、
気付かないうちに依存をしているようだ。
レバナ先生の『ヒーリングプラクティス2』にも出てきている。
でも、改めて考えてみると、爪をかむ癖とか、喫煙とか、それ以外には
「はて、どんなバリエーションがあるのだろうか」と考えてしまう。
そんななか、最近、気付いたのが、不平・不満も依存のサインなんだってこと。
苦しんでいて、あいつがもっとこうだったら、とか、この組織がこんなだから、って
考えて、ぐるぐる回っているときに、ふと、「もしかして!」と
思って、クリアサイト特有の”爆破”を行ってみた。
嫌な気持ちや嫌な気持ちを抱かせた相手、組織、そういったものを
すべて箱に入れて何度も何度も爆破した。
すると。。。見えてきたのが、どう行動すればよいかってことだった。
なんのことはない、行動停止とか、どうしたらよいかの思考停止の原因になっているもの、
それが依存だったのだ。
得てして、自分たちは不満を言っているとき、動いていないし、
改善への一歩を踏み出して
居ないことが多い。滞ったまま、ぐるぐると同じところでフリーズしている。
レバナ先生風にいえば、「いま、ここに居ない状態」なのかもしれない。
自分で考えて、行動すること。自分では、そんな状態に気付けないことが
多い。だから、不平不満が出てきたときには、注意しないといけないと
今更ながら思った。
