高校を卒業してからの人生、
生きている心地がしない日々だった。
見かけも老けてみられがちだから
多分厄年が早く来たのかな?
なんて今になると思える。
若さ故、頭で考える前に行動して
後に後悔して。
後悔した時にはもう、
取り返しのつかない状況を
幾度となく味わった。
人には公表出来ない数々の過ち。
自分がまともな人間でなかったことを理解出来たのは、
22歳になってやっとのこと。
何もスキルを持たぬまま
先も見据えぬまま
進学校を卒業したとゆう慢心、
思い込みの自信だけを持って社会に出た18歳の俺は、
見たことのない壁にぶち当たる度に
何も出来ない自分自身にではなく
育った環境に怒りの矛先を向けた。
「俺は間違ってない」
「俺に出来ないわけがない」
「俺はエリートと呼ばれる側の人間だ」。
根拠も実績もない自信が
何処からともなく
尽きることなく湧き出ていた。
自身のプライドを
ずっと捨てることが出来ず、
それが「プライド」と
呼べるものではなかったことに
気付くことが出来なかった。
「男はプライドを捨てちゃいけない」
誰かが言ったこの一言の
意味を履き違えたまま、
俺は歩き続けた。
あの頃の俺はまるで
人前を堂々と裸で歩いているような
そんな状態。
その間違った考え方、自信は
仕事だけには至らず
友達、家族、女にも影響した。
友達、
友達、、
友達、、、?
「暇つぶしの相手?
愚痴をぶつける相手?
利用する相手?
群れて何が楽しいんだろう
群れなきゃ生きていけない
小さい人間たちなんだな。
将来結婚して家庭を持った時に
友達の存在とゆうのは果たして
必要なんだろうか?
家庭を持った上で
しょっちゅう会えるものなのか?
仕事仲間との付き合いだけで
十分なのではないか?
それじゃ、友達の存在って
そんなに大切なのか?
困った時すぐに駆けつけて
助けてくれる奴なんているのか?
どうしようもない自体に直面したら
話しを聞くだけで
結局は他人事だろう。
所詮友達なんて、
青春時代を美化させる為だけの
過ぎ去る思い出にすぎない。
ならば、必要な時だけ利用して
あとは上辺だけで付き合おう。」
あの頃は
いつからか、
こんな感情でいたんだと思う。
仲間の存在、価値
なに一つ理解していなかった。
俺の22年間で一番の後悔、
それは間違いなく
友達との付き合い方だ。
今さら遅いけど
本当にゴメン。
近づいてきてくれた人
腹割って話そうとしてくれた人
本当の友達だと思ってくれてた人
本当に、ゴメン。
それと
あんな状態だった時期があっても
今日までずっと友達と
思い続けてくれていたみんな、
本当にありがとう。
今さらになって
「俺変わったよ!」って言っても
相手にしてくれない失った友達は
数多くいる。
その原因も、はっきりとわかる。
友達の真剣な相談を聞いて
その話を他の友達の前で笑い話にしたり、
必要な時だけ電話して
金を借りたり、足に使ったり
自分のやってきた付き合い方に
何一つとして正解はなかった。
誰にも頼ることなく逞しく生きる、
誰にも従うことのない
「俺は、一匹狼だ」
そう思って生きていたつもり。
そう、、つもり。
口ばかりが威勢のいいことを言って
実際には自分のケツも拭けない、
臆病者のネコだった。
いや、一人でも生きていけるぶん
ネコの方がまともかもしれない。
誰これ構わず噛み付くわけでもなく
己の力量を理解しているぶん
ネコの方がまともかもしれない。
自分がいかに一人では生きられないか
解決する力が無いか
立ち向かう勇気がないか、、、
他人の力量を憶測で測り
時折説教染みたことを
言っていたくせに、
自身の力量を測ることが出来なかった。
本当に情けない。
友達は、
自分をアピールする為に利用する、
言わばファッション的存在
とも思っていた。
この、極めてエゴな考え方。
そんな意識からか
いつしか一人ぼっちになり
助けてもらえることも
頼ることも出来なくなって初めて、、
社会人として四年間生きて初めて、、
友達の大切さに気づかされた。
自分の間違いに気づかされた。
もっと早く気付いていれば、、。
誕生日会とか
誕生日メールとかプレゼントとか
忘年会とか、BBQとか、、、
そうゆうことにいつも誘われたり
祝ってもらえたりしたのかな、、。
顔面ケーキとか
サプライズプレゼントとか
そうゆうの全部、、
経験したことがない。
本当に、、羨ましいよ。
もう取り返しのつかないことは
多々あるけれど
せめてこれからは繋がりを大切に、
恩義を忘れずに
生きていこうと思う。
自分が変われば環境が変わる。
環境が変われば自分も変わる。
家族、
家族、、
家族は比較的大切にしてきたつもりでいる。
ただ、考え方の違いは多かった。
尊敬出来る部分もあったけれど
何か、こう、
「俺の人生は俺が決める」
ってゆう折れない部分があって。
逆に両親は普遍的思考とゆうか
なんとゆうか真面目な考え方で
安心、安定を進める方だった。
まぁ、誰しもの親がそれを
望むのかもしれない。
けれど敷かれたレールの上を
歩くだけのような気がして、
俺は嫌だった。
それ故、親の意見に聞き耳を持たず
反発する時期があった。
反抗期と言うならばそれだ
特に大声を出したり
家出をしたり
殴ったり
そうゆう経験はない。
あの頃もっと話を聞いていれば
今はもっと納得する人生に
なっていたかもしれないと
つくづく思う。
家族でカラオケ、旅行、飲み会
誕生日会、
そんなことは、
こんな俺でも今だに出来ている。
誕生日プレゼントだって
父、母、妹、祖母、
毎年送っている。
俺が言いたいのは
そうゆうイチ家族としての
家族愛の繋がりとは別に
イチ社会人としての向き合い方
イチ社会人として仰ぎ見る気持ち、
そうゆう部分が欠けていた気がする。
けして成功者と呼べる両親ではないが
一番身近にいる社会的上司の言葉を
少なからず取り入れるべきだった。
だえど今こうして更生し直せたのも、
まともでなかったけれど
根には愛情がしっかりあったのも、
父と母のおかげだと
感謝の気持ちでいっぱいだ。
まだ当分安心させて
あげられそうにないけれど、
いつか必ず
「俺等の育て方に間違いはなかった」
って言えるようになるから、
だからもう少しだけ長い目で
成長する息子の姿を
見ていて下さい。
女、
女、、
俺に「女友達」と呼べる女性は
はたしてあの頃いたのだろうか?
その過去から形成された今もまた、
「女友達」と呼べる女性はいるだろうか?
と思うくらい、
女性との出会いがある度
肉体での繋がりしかなかった。
肉体関係こそが男女の終点のように
思っていて、
それをすることによって
一人の女性を自分のものにしたような
そんな気持ちになっていた。
つまり、
肉体を求めていた訳ではなく
落とすまでのプロセスを楽しみ、
「数多くの女性をあたかも
自分のものにしたかのような
気持ち」になることに
依存していたのかもしれない。
自意識過剰、勘違い
の他に当てはまる言葉が見つからない。
確かに、ある程度の年齢を過ぎてからは
肉体関係から始まる恋愛しか
出来なくなっていたのは事実。
しかしあの頃は恋愛どうこうではなく
客観的に見ても明らかに、
自分を満たす一種の道具
としてしか見ていなかった。
いざ肉体関係を終えると
なぜか興味が薄れてくる。
その繰り返しだった。
今もし思春期の少年たちが
目の前にいるなら言いたいことがある。
「若いうちは遊んどけ」
とゆう言葉の捕らえ方を、
間違えちゃいけない。
俺はずっと、
遊び=性 であると思っていた。
結婚をしたら縛られる
歳を老うと相手にされずらくなる
だから「遊んどけ」。
そう言われる度に
遊びとゆう言葉の意味が
女性との肉体交流と
勝手に認識していた。
いや、もしかすると
本当にそうゆう意味で
言っていた人もいたかもしれない。
それが良いか悪いかは、
結果論でしかないが
個人的には良いとは言えない。
人間そのものの
備え持ったモノにもよる。
たとえば、、、
どんなに性に乱れた生活をしても
“恨まれにくい”顔や性格を
持ち合わせた人間もいる。
そうゆう人間を何人か見てきた。
それをラッキーとするかしないかも
個人の自由だろう。
確かに、多くの女性との交流を
持つことに無駄はない。
が、それを肉体関係に運ぶ
必要性があるとは到底言えない。
他人の考え方や生き方を知り、
自分の感性と中和させて
物事を上手く進める
“財”料にすることは、
人生に置いて大切なことだと思う。
以前の自分のように
肉体にのみ執着していると
得られるものはないに等しい。
必要性を満たすだけだ。
そもそも俺は先程話した
“恨まれにくい”顔や性格とは
真逆である為かもしれないが
デメリットは幾つもある。
一番大きなことは、
恋愛に臆病になること。
うまく説明は出来ないが、
人の心をもて遊んだ数だけ
恋愛に臆病になる。
類は友を呼ぶとゆう言葉があるように
性に乱れた環境にいる限り
自然と周りの人間も
その類をもって集まる。
そうゆう人間を知るにつれ
自分に最愛の女性が出来た時
それを食い物にする輩が
いるのではないかと不安になる。
「経験がものをいう」が
裏目に出た気分だ。
もしかすると、
「チャラい」と呼ばれる人間こそ
束縛や嫉妬が激しいのかもしれない。
もともと「チャラい人」は2種類、
愛に飢えた寂しがり屋か
感性が乏しい冷酷者か
そのどちらかだと、俺は思う。
俺が見てきた限りでは、
圧倒的に前者が多い。
故に、更生さえ出来れば
愛情に長けた人間に変わることが出来る。
と、俺は思う。
後者であるならば、
恋愛に関しては絶望的だ。
いずれにせよ「きっかけ」さえあれば、
容易いものだ。
真っ白なノートに鉛筆で書いた落書きを、消しゴムで消すように。
ノートとは
=純粋な心
落書きとは
=汚れた経験
消しゴムとは
=きっかけ
と表現してみた。
どんな落書きでも、
消しゴムさえあればある程度消える。
一度書いてしまった以上、
完璧に跡形もなく真っ白に
なるとゆうことはない。
より力強く書くほど、跡は残る。
しかし、諦めずに擦り続ければ
跡は必ず薄くなっていく。
その後にもし、最愛の人を見つけ
その人を大切に出来れば、
ノートには落書きではない
正真正銘の絵が上書きされる。
そうなればきっと、
落書きの跡は気にならないはずだ。
、、、。
(上手いことを言おうとした結果
空回りをした気持ち。涙)
その「きっかけ」を見つけるのが
容易ではないのだろう。
18歳で更生する者もいれば、
最近では52歳で更生していない者もいた。
結局は子供か大人かとゆうより
変われる人間かそうでないか。
一概に大人は真面目かとゆうと
大きな間違いであると思う。
この社会は基本的に
エンピリシズムに支配されている。
いわゆる、「経験論」
俺のこの文章も
あくまでも経験論である
とゆうことを忘れないでほしい。
エッセイを書く作家や
学校の先生達の言葉も
みんなそうなのではないだろうか。
わかりやすい例を挙げると、
「リストラからの大逆転!成功をつかむ方法」や
「1分間で勝ち組になる方法」
など、その類の本は結局
「私が」
「こうしたら」
「こうなった」
と言うだけであって、
作者のエンピリシズムである。
同じ環境で育ち、同じ感性を持ち
同じ解決方法を導き出せることは
ドッペルゲンガーでもない限り
まずありえないだろう。
そういう理論もある、とゆうことだ。
その通りに実践して
上手くいく者もいれば、
まるで上手くいかない者もいる。
自分がどう在るかを理解し、
成功者理論からプラス要素を取り入れ
自分に合ったやり方で
答えを導かなければならないのだ。
性に溺れる中でもう一つ
デメリットを挙げると
世間体が悪くなること。
いくら性欲が強いといっても、
さすがに北海道から沖縄まで
性を求めて三千里
とまでいく人間はそういない。
あくまでも遊びとするならば
エリアは限られてくる。
このネットワーク配備が進んだ
現在の日本は、かなり世間が狭い。
ごく限られた地域で有名になることは
案外簡単だ。
当時の俺は、経験人数を競ったり
数こそが男としての誇りとまで思い、
世間体などは考えもしなかった。
結果、まともに向き合ってくれる
女性は次々と減り、避けていき
女友達はおろか、それに関係する
男性までもが関わりを拒んだ。
今でもまだ名前の一人歩きが
どこかであるかと思うと、
自分の名前を言うのが
怖くなる時がある。
生きていく上で人の恨みをかうのは
誰しもがあるとは思うが、
人の心を軽視したり
もて遊んだ数によっても
比例して多くなるんだろう。
もし一時の俺とゆう存在の記憶を
消せるものなら消し去りたい。
もし世間体も噂も気にしないで
いられるものならそうなりたい。
メンタルを鍛える手術があるのなら
喜んで受けたい。
そのぐらい俺は
客観的に見るよりはるかに、
心の弱い人間であると思う。
でも、だからこそこうゆう考えに
なれたかと思うと、
よかったのかなとも思う。
(これについては最後のシメで説明します!)
デメリットを二つあげたけれど、
メリットもあった。
それは女性関係だけじゃなく
全てに通じるかもしれない。
「痛みを知って、思いやりの心を持てたこと」。
自分がやっていたことが
どれだけの人を傷つけて
どれだけ卑劣なことをしてきたのか。
散々遊んできたからこそ
又、自慢出来るくらいの
本気の恋をしたからこそ
その両方が在ったからこそ
俺は理解できた。
男は浮気をする生き物だって
みんなが言うけれど、
ほとんどがそうなのかもしれない。
少なくとも今の仕事で関わってきた
300人近くの男の中に
女好きでなかった人は
数える程しかいなかった。
女好きと浮気が直接繋がるわけでは
ないかもしれないけれど、
結婚した旦那が、
付き合ってる彼が、
女好きであることに不安を感じない
女性が果たしているのだろうか?
不安でないならそれは
真実の愛ではないと断言してもいい。
そこまで受け入れて
好きだと言うならば
それは妥協であると断言してもいい。
女好きや浮気症はいくつになっても
治りずらいだろう。
とことん大きなきっかけがないと、
難しいと思う。
単純に、最愛の女にフられたとか
騙されたとかそれだけじゃなくて
もっと、口で上手く説明出来ないけど
必要な要素が山程ある。
俺は、浮気も遊びももうしない。
たった一人と向き合ったら、
余所見もしない。
結局それは、「今だけ」なのか
「これからも」なのかは
なってみないとわからないけれど
今は、自信を持って断言出来る。
仕事でキャバクラに行っても
上司を楽しませる為に行く。
親友に合コンに誘われても
ずっと断り続けた。
単に女がめんどくさいって気持ちが
強くなったからなのかもしれない。
でも、良い方向に変われたと
思っている。
最近久しぶりに会った友達には
変わり過ぎだと驚かれ、
どんだけ更生したんだよ!
と言われる度、
以前の俺がどれだけ酷かったのかが
よくわかった。
さあ、まとめ!
今までの文章全部、
「後悔した」
「こうすればよかった」
って、そんなことしか書いてないけど
12歳の俺、18歳の俺、20歳の俺、
今までの経験全部が
今の俺になる通過点であったと思えば
案外悪くなかったのかな。
矛盾してるけれど、
今の俺になれたことは
後悔してない。
確かに友達も金も家族も女も
あの時こうすれば変わっただろう
と感じるけれど
こんな人生だったからこそ
失ったモノと同じだけ
得たモノも多い。
まだ22歳なんだ。
失ったモノを取り戻すのは
容易なことではないけれど、
新たに得られるチャンスは
今からでもまだまだある。
思いやりを忘れずに
二度と道を踏み外さぬように
まっすぐ生きていこう。
もうすぐ23歳になる俺は今
会社を経営して、
都内のタワーマンション一部屋を
購入出来る程の年収を稼げるように
なった。
月に二、三冊長編小説を読むように
なったり
ゴルフや写真に興味を持ってみたり
変わった俺を感じとってくれたのか、
古い友人から遊びの誘いが増えたり
親が以前より優しくなったり
色んな変化が訪れ
色んな意味で充実している。
金使いの荒さや
計画性の無さ、
改善すべきところは幾つもあるが
一歩一歩確実に歩いていける
気がする。
これからはきっと、楽しい人生に
変わっていけるだろう。
そう、
自分が変われば環境が変わる。
環境が変われば自分も変わる。
