ティアラコースアシスタントのあやです
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私ってこんな人*自己紹介*
日曜日の別れ際、
彼が
うちの家族と会う日を間違えて
仕事の予定を入れてしまったことが発覚しました
ガーーーーーン
昔だったら、
なんで間違えるんだろう…
なんでちゃん覚えてないんだろう…
あんまり大事じゃないから忘れちゃうのかな…
優先順位が高くないから忘れちゃうのかな…
大切にされていない気がする…
大事にしてもらえていない気がする…
雑に扱われている気がする…
ってすぐ思っていました
(それでもいい女ぶって全然平気だよ〜なんて言ってたと思います。)
だけど今は
大事にしてても間違えちゃうことはあるって思うし
そもそもそれと私の価値は関係ないって思えてる。
優先順位が高くても間違えちゃうことはあるって思うし
それと私の価値は関係ないって思えてる。
なによりも
彼が私のことを大切にしてくれてないわけはなくて
大切にしてくれてるのは
常日頃からちゃんと感じられているから
昔はとにかく悲しいことがあったら
「私は大切にされてないんだ」とか
「こんな私だからだ」って
自分自身の価値と結びつけていました
でも
自分の価値と切り離せるようになっても
悲しいものは悲しい
それはもう一つの悲しさがあったから。
もう一つの悲しさっていうのは
楽しみだったのに予定がなくなっちゃった
っていう悲しさ
それを「悲しくなったらダメ!」「彼は悪くないんだから!」ってしないで
ちゃんと見てあげる。
ちゃんと寄り添ってあげる。
そりゃ悲しいのは当たり前だよねー。
だってそのくらい楽しみだったんだもんねー。
それがなくなっちゃって私が単純に悲しいんだよねー。
って。
そうやってひとしきり寄り添ったら
「まぁしょうがないかぁ…じゃあどうしようか」
ってそこで初めて思える
悲しいことが起きちゃったのはしょうがないけど
じゃあ日程変更しよっか
その連絡をしよっか
って思える。
これをやってないと
なんかモヤモヤした気持ちが残ったり
ちゃんと自分の気持ちを消化しきれなかったりします
昔はこの
「単純にそれに対する悲しさ」と
「自分の価値と結びつけて勝手に悲しくなってる悲しさ」
の2つをごっちゃにしていました
でも今はそれを分けて考えることができる
悲しいことがあった時は
①「単純にそれに対する悲しさ」と「自分の価値と結びつけて勝手に悲しくなってる悲しさ」にちゃんと分ける。
②単純にそれが悲しい気持ちは寄り添ってあげる。
③ちゃんと感じ切ったら「じゃあどうする?」に目を向ける。
④「自分の価値と結びつけて勝手に悲しくなってる悲しさ」は気付けたらOK。自分が勝手にそう思ってるだけなので、なんでそう思ってるのか掘り下げてもいいし、本当に関係あるのが疑ってもいい。
そんな風に今は考えられるようになりました
そうやって自分の気持ちを感じ切ったあとは
家族にその連絡をして
自分をご機嫌にするためにお気に入りのカフェに行くことにしました
家族に連絡したら
「実は延期してもらって良かったかも」という返事が返ってきて
結果オーライだった
でも
彼も「日にちを間違えるのは避けたいね」って言って
スケジュール共有アプリを調べてくれたので
これからは2人でそれを使うことにしました
登録したら
一目でお互いのスケジュールがわかって
とっても便利でした
それも今回のことがなかったら
こういう展開にならなかったはず
家族に会う日にちは先になっちゃうけど
調整できるといいなと思います