今年の1月、「才能」についてブログを書きました。


そのときの私は、「自分には才能がない」と思っていました。


しかし最近、「もしかしたら自分にも才能があるのかもしれない」と思うようになりました。


なぜそう思ったのか。


実は、最近のレッスンで衝撃的な発見があったのです。


多くの生徒さんは、曲を練習するとき、最初から最後まで通して弾く「通し練習」がほとんどでした。そして、途中でミスをしても、そのまま弾き続けてしまいます。


私は聞きました。


「どうして通し練習ばかりするの?」


すると、


「部分練習はつまらないから。」


さらに聞きました。


「どうしてミスを無視するの?」


すると、


「次はきっとうまく弾けると思うから。」


この話を聞いた瞬間、私の中の「練習」に対する常識が大きく揺らぎました。


私だけではありません。


音楽大学時代の同級生も、先生方も、みんな同じ考えでした。


それは、


「慢練(ゆっくり練習すること)が基本中の基本」


ということです。


まず一度だけ曲を通して弾き、難しいところを見つけます。


そして、その部分だけを取り出し、自分が確実にコントロールできるテンポまで落として練習します。


両手が完全にコントロールできるようになるまで、何度も何度も繰り返します。


これが「慢練」です。


例えば、『賽馬』。


テンポは160ですが、私は一番難しい、ピッチカートの後の快弓の部分から練習します。


まずは半分のテンポ、80で試します。


80でも安定しなければ、70、60、50…とさらにテンポを落としていきます。


そして、テンポ50で20回連続ノーミスになったら55へ。


55で20回連続成功したら60へ。


このように少しずつテンポを上げ、最終的に160まで持っていきます。


ちなみに、19回成功していても、20回目でミスをしたら……


また0回からやり直しです。


「大変ですね。」


はい、大変です。


「時間がかかりませんか?」


もちろん、かかります。


でも私は、100時間かかっても構わないと思っています。


その100時間は、確実に自分の力になるからです。


逆に、ミスをそのままにして1万時間練習しても、身につくことはありません。


いつまで経っても弾けるようにならず、やがて挫折してしまうでしょう。


皆さんが「天才」だと思っている演奏家も、実は同じような練習をしています。


例えば、中国の主要な二胡コンクールで唯一すべての金賞を受賞した孫凰先生。


先生は20回ではありません。


50回連続成功です。


……私は、ため息しか出ません(笑)。


最後に、私が中学生の頃からずっと大切にしている座右の銘をご紹介します。


「書山有路勤為径 学海無涯苦作舟」


(学問の山を登る道は努力しかなく、学びという果てしない海を渡る舟は苦労である。)


最近、私は思うようになりました。


才能とは、生まれつき持っているものだけではないのかもしれません。


正しい努力を、誰よりも地道に積み重ねられること。


それも、一つの才能なのだと思います。


もしそうだとしたら……


私にも、少しだけ才能があったのかもしれません。