私が今現在乗っている生活用自転車は、13年前に実家を出てこの家に越して来てから、計5台目の自転車となります。(それ以前の物のは省略)

今の愛車であるこのチャリには、

轟天号(ごうてんごう)と名付けてますw
これは不死身の自転車です。


何度も盗まれ、数え切れないほど壊され、どんなにやられても、いつやられても、大切にしても、気が遠くなるほどの事を何度もやられて、やられてもやられても、 や ら れ て も、 

轟天号は蘇るのです。

私と一緒にね。

※写真はイメージです。めちゃ似てます


よく拉致もされました。

所謂、盗難(窃チャ)ですね。


ある時はどっかの駅の駐車場で見つかり、ある時は田んぼの中に放り投げられて、ある時はドブ川に浸かって見つかり、何故か他県の職場で見つかったり、

何度やられても私の元へ帰って来ました。


【私の歴代の自転車達】

ここに越して来てから私が乗っていた5台の各種自転車の事を書いてみたいと思います。
と同時に、前回書いた異常者とはどう言うものかも書いてみたいと思います。
多少省いた部分もありますが実話です。

まず①台目がここのアパートに越して来る前、実家の近所の普通の自転車屋で買ったごく普通のシティサイクルタイプの物です。27㌅内装3sブリジ シルバー ①銀太郎と命名

これはそこら辺でよく見かける学生がよく乗ってる様な2万円弱の物。
このアパートに越して来てからもこれを近所の移動用として乗ってましたが、ここで生活し始めてから約4年目の事、夜に本屋に出かけた際、駐輪場で①銀太郎は盗難されました。
施錠はしてました。私は短時間の駐車でも必ず施錠します。(その後盗難被害届済)

新しく買った②台目は、銀ちゃん①↑を盗まれた翌日に仕方なく急ぎで買った、中古7000円のママチャリタイプの訳あり品です。パールホワイト26㌅外装6sのメーカー不明、通称ゴミチャリ。これはとにかく色々と不具合が多かった。
 これは最初から不具合があり、約2年ほど最低限修理ながら騙し騙しで使い、各箇所の部品の交換が多数必要なので、廃棄処分としてリサイクル屋へ買い取り金無し 引き取り手数料無しで各種登録抹消。
部品交換が高額になるしレストア級の修理は何より面倒だった。

③台目に新車で買ったのがなんとこの、轟天号なんですよ。 

楽天市場の通販の新車で送料込み計33,800円で購入したシティーチャリです。27㌅外装6sピアノブラック(マイカ調?)を自分で一部組み立てて点検後に各種登録済。

轟天号を買って約1年半後、当時勤めていた会社の後輩に「ちょっとだけ貸して下さい」と言われたので貸した。郵便局の駐輪場で盗難され、後輩は施錠をしてなかった。
コノヤローめが
(無論、その後盗難被害届済み)

③轟天号を拉致されてから④台目には、自称ロードバイク乗りのヲタどもがこぞってネットで叩いて散々ディスりまくっていた車種でもある、ブリジのオルディナ ベルトタイプ内装8sを、割引価格61,000円〜を新古車で購入の後、街乗り仕様にするため自身でフレームの一部を溶接加工〜塗装し、各種パーツを取り付けて街乗りオヤジ仕様にカスタム。
ヤフオクで買った高額パーツも用いて複合換装し、総計概算.約141,000円〜(取り付け、加工調整をもしショップに依頼すればおそらくプラス1〜2万はする やってくれる店はほぼ無いが)
街乗り通勤用としては豪華仕様だった。

このブリジの④オルディナ8sわいわカスタムを[オッくん]と名付けていた。
オッくんを使用して約2年が経った頃、仕事中に突然なんとあの盗まれた③轟天号が見つかったと警察署から連絡があり、遅い昼休み時間に署に引き取りに行きました。
ボロっボロのサビっ錆のヨレヨレ状態でした。

その後しばらくして、休みの日にまだまだ使える部品などが山ほど眠っている知り合いが管理するスクラップ置き場から、必要な部品を探して来て2か月ほどかけて修理した。
普通に乗る分にはほぼ完璧な状態にまで仕上げた。
こいつもまたそこら辺のテキトーな売りチャリよりも遥かに超快適なマイルドな乗り心地の仕上がりにチューンしてました。

しかしもう既に④オッくんがいる事から③轟天号はほとんど出番がないので、セカンドカーとして家のベランダに大切に保管した。

それから間もない頃、早朝5時に出勤をしようとしたら階段横の私の駐車枠にガチガチに施錠をしていたはずの高額小径車こと④オッくんがいなくなっていました!汗

施錠していたゴツいチェーンキーを切断して持って行かれてました。何らかを用いて切ったはず。
夜中に騒音の出るサンダーなどの切断機を使えるはずもなく、それ相当な特殊なチェーンクリッパーなどを使った犯行としか思えなかった。

めっちゃくちゃ腹が立ってアパートの各部屋と周辺のお宅を訪問して、昨夜不審な奴がいなかったか聞いて回ったが皆知らないとしか言わなかった。
しかし、下階の婆さんと2つ隣に住んでいたヤクザ野郎の2人はニヤニヤしながら駐車場に出て来て、私の顔色を伺い見る様な感じでついて来た。
この2人、朝っぱらから焦りまくってあちこちに必死で私が電話してる最中に「あーじゃないのー?笑こうじゃないのー?笑」などと言いながら後ろからついて来て、ヘラヘラとした含み笑いでどうでもいい横槍を入れて来てもの凄くウザかった。

通報して被害者届けを出し、その他の相談として、このアパートに昼夜時間を問わずヤクザ野郎とほぼ毎日遊びに来るその仲間のチンピラ達が、やたらと私の部屋の前の通路を異常なほどウロついたり、台所のモザイク調のガラス窓からこちらを見ていたり、駐車場で3〜4人でダベッている事が多く、
まともな社会人なら通常あり得ない不審な行動が24時間を通してかなり目立つようになっていたので、その事も相談した。婆さんもよくその輩どもの奇行に加わっていた。

そんな日々の一つの例として、この当時2交代制の夜勤から帰って来て、私が眠ろうとする朝の時間帯にも関わらず、このヤクザとチンピラどもはいつも駐車場に集まっていた。(AM07:00頃)
世間の多くは登校や通勤を始める慌ただしい朝っぱらから、暇人どもがヘラヘラとした口調でくっ喋っては時々ゲラゲラと笑ったり、どう考えても明らかに私の仕事の事や職場であった事などを仄めかしていた。(録音済み)
日勤から帰宅した時も同じく、自転車でアパートに到着するとほぼ同時にチンピラの車もついて来た様に到着。ヤー公が部屋から出て来て駐車場でダベリ始める。
こんなのがほぼ毎日続いてました。

この輩どもや他の近所の者達の奇行は、そのアパートに越して来てから約2年ほど経った頃から徐々にエスカレートしていたのです。

保管していた③轟天号をかなり警戒しながら使用する事になる。

つづく