プラトン, パイドン

を読んだ。


「弁明」「クリトン」に続くソクラテス裁判三部作ともいうべきもので、今作ではソクラテスの刑死の瞬間が描かれる。

尤も話の主眼は処刑の日の、夜までの最後の仲間との対話で、テーマは魂の不死性についてとなる。


魂は肉体に比べてイデアそのものに近い性質を持つため不死であるというような論理であるが、今一つそこの部分の論理はよく分からなかったし、そこを現代の目でしっかりとフォローする必要もないような気がする。


読んでいて気になったこと。

魂の不死生を証明した後、最後にソクラテスが神話を語りつつ倫理観めいた話をしてくる。

死後の魂の待遇が良くなるように、他者に迷惑をかけたりせずに知を愛して生きましょうというような話であるが、この他者の迷惑というのは魂の不滅生が証明された後に意味を成すのだろうか。

今世で仮に理不尽に命を奪われたとして、魂自体が不死であり、かつ肉体よりも魂の方を暗に優位に考えているのであれば、それは大した迷惑を被っていないのではないか、というニヒリズムに通じるような気がした。

現にソクラテスはアテナイ市民からの不当な判決で死刑になっているが、べつに魂は不死だからいいのさ的なことを言っている。

倫理観と魂の議論に矛盾を感じてしまった。


最後のソクラテスの死のシーンは非常に美しく感動を覚える。

福本伸行「天」の最後の3巻は非常に名作と思ってこれまで何度も読み返してきたが、これの下敷きはこのパイドンにあるように思われた。

果たして福本氏が本当に読んでるかは分からないが、死を前にした超克的な精神はどちらの作品にも共通して、憧れを抱かせるところがある。