世界史読書研究レポート


『 驚異への旅 新撰 世界七不思議 - 森本哲郎 編 - 』


    ○○高等学校 1年7組20番 ティオ


《本を選択した理由》


 歴史に関係のある読み物は読みたいと思ったことがないので、今回のレポートを書くにあたりどんな本を読めばいいかいくらか迷った。どうせなら楽しくて分かりやすいのがいいので、ギリシア神話や~の謎のような本を選ぼうと思っていた。


 とりあえず本がたくさん置いてある市立図書館ならおもしろそうな本もあるだろうと思い行ってみたが、世界史に関する本は少なかった。その中でふと目にとまったのが“世界七不思議”と書かれた本だ。


 世界七不思議といえば、授業中に先生が説明されたエジプトの大ピラミッド、バビロンの空中庭園、アレクサンドリアの大灯台などのことだろう。あの時から私は世界七不思議が気になっていた。ちょうど良い、これを機会に調べることにした。


 世界七不思議と書かれた本は2冊あった。1つは薄くて写真がたくさん載っているもの。もう1つは分厚くて文字ばかりのもの。どちらを選ぶかは決まっている。だがこれによって後に道がずれることになるのである。



《本の内容》


 編者の森本哲郎氏は「はじめに」で次のように語っている。『残念なことに、(世界の七不思議に中で)現代の旅行者が見られるものは、ナイルのほとりにそびえる大ピラミッドだけで、あとはことごとく姿を消してしまった。それなら、ひとつ、「現代の七不思議」を挙げてみよう、というのが本文庫の意図である。』(p.2 ll.4~8)


ということで、私が期待していた七不思議ではないようだが、歴史の中で人間や自然が作り出した不思議には変わりないようだ。それでは本書の『森本哲郎の不思議への旅20景』の中から2つ紹介しよう。


 ▼インド・マハバリプーラム ここの寺院はインドで最も見ごたえがあるそうだ。だがそれよりも驚くのは、寺院の裏手にある盛り上がった岩の斜面に危うく踏みとどまった巨大な石だった。どこから降ってきたのだろう。あたりにそんな山は見当たらない。地元の人は興味なし。巨大な石は押しても動かない。


 ▼イタリア・アグリジェント 古代ギリシアの最大のライバルはカルタゴの貿易商だ。三度に及ぶポエニ戦争の末、カルタゴは全滅した。授業でもお馴染みだが、争いの発端となったのがシチリア島だ。この島の南岸に近いアグリジェントには今なお古代の亡霊がひしめいているそうだ。仰向けに寝ている石の巨像が、夜になると起きあがって歩くのを見た人がいるという。


 原稿用紙の都合上、今回は2つしか紹介できない。他にも、奈良の大仏を4つ重ねたより大きい世界一の大仏(中国)や宇宙人の自画像(ニジェール)、超高層のシロアリの巣(ナイジェリア)などそれぞれカラー写真付きで不思議かつリアルなフォト・エッセイを楽しむことができる。


 また、評論家の森本哲郎氏、エッセイストの玉村豊男氏、作家の日野啓三氏の三人が不思議をめぐって白熱の討論を行う『新撰「世界七不思議」』。さらには、作家や大学教授、漫画家、動物園長といった方々にとっての不思議を紹介した『スーパー大コラム 私の不思議No.1』。という盛りだくさんの本である。



《本全体の感想》


今回学んだことは、本選びは慎重に行う、ということだ。「世界七不思議」にひかれたのは良いが、まさか現代のものとは・・・。果たしてこの本の内容が世界史の宿題の範囲内だろうか。《本の内容》で、~歴史の中で人間が作り出した不思議には変わりないようだ~などといってごまかしているが、内心ヒヤヒヤしていた。今度こそは、純・世界の七不思議を調べたい。


 それでは本編の感想に入ろう。私が注目したのは、『新撰「世界七不思議」』の最後のまとめとして書かれてある『三人による新撰「世界七不思議」』である。ここで森本哲郎氏は、①番目に『さまざまな「国境」』と挙げている。私も国境は不思議だと思う。国境の存在自体が不思議だ。なぜ国境などというものがあるのだろうか。それは世界史を学べば分かるだろう。だが私が言っているのは、事実上の問題ではない。考え方の問題だ。そもそもなぜ国と国が分かれているのか。大きな国。小さな国。豊かな国。貧しい国。この差はどこから生まれたものか。 


 やや熱くなってしまった。ここで冷静に考えてみよう。さまざまな国があることで、私たちは交流ができる。自分たちと違った文化を知ることができる。だが生きているものが複数いると、必ず争いが起こる。そういった中で、私たちは物事を学んでいくのである。おそらく単数でしかいない世界では、発展・衰退という言葉は生まれないだろう。だから落ち着いて考えれば、なぜ国と国が分かれているのか、というのは分かるはずだ。


 問題はいつまでたっても国と国がバラバラという状態である。人類はついに宇宙に飛び出した。21世紀の舞台の一部は宇宙である。そろそろ地球という一つの星として、地球に住む同じ地球人として、ひとつになるときではないだろうか。


個人的な話だが、私は星新一氏の作品が好きだ。その中にはよく他星人が出てきて、(例として)「α星のものだ」と言っている。「α星のβ国のものだ」と言っている人なんか見たことがない。つまり、宇宙に出ればどこの国なんかは関係ない。地球人であることが重要なのだ。ましてや星の表面で起こっている戦いなんて、悲惨と愚かの何ものでもないのだ。・・・と私は思う。


 宇宙からは、国境なんて見えないという。見えるのは青く美しい地球の姿だ。