大学のレポート作成やらバイトやらで管理人多忙につき更新が大幅に遅れておりますが、どうかご容赦ください。m(u_u)m
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、前回の続きで九州遠征レポ2日目です。
本当なら、遠征2日目は門司港駅周辺をまったりと散策したり、折尾駅で立ち売りの駅弁を買って食べたり、小倉駅付近で一足先に「富士」と「はやぶさ」を撮ったりするはずでした。
ところが前回のレポで述べたとおり、ML九州が線路に不法侵入した鹿のせいで、網干駅で2時間も立ち往生を食らったせいでこれらの企みは壊滅的に(/TДT)/
ML九州では、列車がいつ発車するのかわからない不安からか浅い睡眠しかとれなかったうえ、後述の悪天候も重なって心身ともに疲れ果ててしまい、結局この日は満足な旅ができませんでした。
↑下関に到着したEF66牽引のムーンライト九州。このあと機関車交換のためEF66を切り離します。
↑切り離されたEF66と14系客車。
↑EF81を待ってる間に普通列車が来たので撮影。
↑EF81がやってきました。
EF81は下関~門司間牽引でお役御免なので、門司で再び機関車を交換します。
↑ED76を連結します。
このあとは門司港駅を訪れる予定なので、ここでムーンライト九州とはお別れです。ホームの端で視界から消えるまで見送りました。
そのあとすぐの普通列車で門司港駅へ。
↑門司から乗ってきた415系です。
↑813系です。
↑門司港駅に設置されている0哩標です。
↑門司港駅の待合室です。門司港駅は駅舎全体がレトロ調になっています。
↑駅名版とホームを絡めて撮影。国鉄チックな雰囲気が漂います(車両は除いて)。
↑813系の車内です。
↑815817系です。
↑815系の車内です。813系もですがJR九州の車両デザインは正直、度肝を抜かれます(笑)。
↑門司駅外観です。
このあと本当は行く予定はなかったのですが、せっかくなので九州鉄道記念館を訪れることに。
↑よりによって、ここに停めるか?orz
↑入ってすぐ、じも駅(笑)の旧0哩標オブジェがあります。
↑59634(ご苦労さんよ)号蒸気機関車です。彼は昭和49年に米坂線から九州方面に転属し、「キュウロク」という愛称で当時の現場の人たちに親しまれていたそうです。あっ、ちなみにここまではタダで見られます(笑)。
↑C59型のトップナンバー車です。彼は東海道・山陽方面で「あさかぜ」を牽引したのち、熊本方面では「みずほ」も牽引した経歴を持つエリート機です。廃車までに地球62周分の鉄路を走破したそうです。
↑C59の足回りです。動輪の直径が小さい子どもの背丈ほどもあります。
↑EF10型の35号機です。彼は現在下関~門司間の牽引を務めているEF81の先輩にあたります。
↑ED72型のトップナンバー車です。彼は九州初の交流専用旅客電気機関車として製造され、晩年は貨物列車などにも充当されたそうです。
↑キハ07-41です。彼は戦前の1937年にガソリンエンジンと機械式変速機を搭載した気動車としてデビューしました。その後内燃機関がディーゼルエンジンに換装され、豊後森機関区で1969年に引退をむかえたそうです。
↑クハ481-603です。彼は1969年に仙台運転所にクロ481-5として新製配置され、東北地方を中心に「ひたち」として活躍していました。その後1983年に鹿児島車両所に転属する際に普通車化され、クハ481-603として「にちりん」「かもめ」「有明」などで第二の生涯を全うしたそうです。
↑クハネ581-8です。彼は栄えある世界初の寝台特急電車「月光」として1968年に華々しくデビューしました。その後1984年に普通電車化され、クハ715-1として佐世保方面で2000年まで運用されたそうです。
↑本館外観です。中は”ミニ鉄道博物館”といった感じでした。
↑ヘッドマークなども展示されていました。
九州鉄道記念館を一通り見終わった後は、門司港駅から普通列車で小倉まで直行。
ここで九州遠征2日目の”メインディッシュ”の登場です。
↑団子っ鼻のおっちゃんです(笑)
↑ちょうど柵がなかったのでこんな感じのも撮れましたo(^▽^)o。0系の美しい曲線美がお分かり頂けると思います。
↑1964年にデビューしたときには液晶ディスプレイなどもちろんなかったので、左側に後付けされてます。ちょっと見にくいですが・・・・・・。
↑デッキには誇らしげにおっちゃんの若かりし頃の写真が飾られてました(笑)。
↑先頭車のデッキからは乗務員室の中が覗けるようになってます。これは最新型の新幹線にはない、0系の大きな特徴の一つといえるでしょう。
車内では博多まで駅弁を食べつつ、しばし0系の乗り心地を体験。
博多駅到着後回送される列車を見送ったあとは、熊本の”青ガエル”に会うため鹿児島本線普通列車で上熊本へ向かうことに。
↑博多からは813系で、途中815系に乗り換え。この815系はロングシートのワンマン2両編成でしたが、東北本線の”走るプレハブ”とは違って乗っているのが苦痛にならない内装と座席デザインでした。さすがJR九州!!です。
数十分後、ようやく上熊本へ到着。
↑JR上熊本駅です。
↑こちらは、熊本電鉄上熊本駅です。駅と言っても、バスの簡易待合所のような簡素な作りでした。
↑ちょうど、北熊本行きの列車が発車するところだったのであわてて撮影。
折り返しの列車がくるまで、近くの踏切でしばし待つことに。ちなみにこの踏切はJR側こそ電子音式踏切ですが、熊本電鉄側は昔懐かしい電鈴式踏切となっています。
↑意外とすぐに折り返してきた青ガエル。今日は5101Aが運用に入っているようでした。
↑東急時代からの先頭部です。2枚窓が特徴的です。
↑こちら側は熊本電鉄譲渡の際に改造された、通称”平面ガエル”です。
↑運転台です。マイクは後付けされたものです。
↑吊革広告はいまだに「渋谷109」です(笑)。青ガエルの特徴的な断面形状もよく分かるかと思います。
↑運賃表示器がなんとも古風です。4月1日から運賃が値上げされたようです。
↑北熊本駅にて。東京都交通局から譲渡された6000系電車です。
↑再び青ガエルを撮影。今一度じっくり見て気付きましたが、だいぶ塗装がはがれて痛んできているようです(´д`lll)。
↑片割れの5102Aは車庫の中でお休みのようでした。その手前には入れ替え用のモハ71がいました。何気にこれも貴重な存在です。
とここで急に雲行きが怪しくなり小雨が降ってきたので、前面展望映像を撮影しつつ上熊本へ戻り、普通列車で熊本へ移動。
とりあえず来る列車を次々と迎撃(笑)
↑三角線普通列車のキハ40系です。ケツについてるのはキハ31系です。
↑リレーつばめです。鼻の穴に雀が(笑)。
↑天草グルメ快速おこしき号です。キハ140系が充当されていました。
と、いろいろ撮影しているうちに時刻は15:40。そろそろ「はやぶさ」が入線する時刻なので、3番ホームで撮影機材を設置して待ち構えることに。今日撮影しておけば明日は余裕を持って乗車できるので(・∀・)。
しかしそうこうしている内に、さっきからパラパラ降っていた小雨が急に猛烈な土砂降りに((((((ノ゚⊿゚)ノ。
「こんな雨で走れんのかなあ?」と思っていると、隣ホームで発車待ちしていた博多行きリレーつばめが抑止を食らった模様。駅アナウンスによると、どうやら博多の方は雨と雷がもっと激しいようです。
そしてとうとう発車時刻になっても「はやぶさ」は入線してきません。ホームでは「はやぶさ」に乗る予定だったと思われる乗客たちが心配そうな面持ちで駅員に質問攻め。私もしかたなく今日の撮影はあきらめて、宿泊予定の鹿児島まで向かうことに。(後日調べて分かったのですが、この日の「はやぶさ」は結局、3時間30分ほど遅れたようです。)
熊本から新八代まで普通列車で行き、新八代から鹿児島中央までは九州新幹線で行く予定を立てていたのですが、どうやらこの雨の影響で新八代行きの普通列車も遅延が発生している模様。
↑新八代方面ホームに移動してから、ますます激しくなった雨と雷。滝のような雨が降りしきり、怒涛のごとく雷が鳴っていました(((゜д゜;)))。おかげでカメラもグッショリにorz。
その後数十分遅れで新八代行きの普通列車が到着。超満員でしたorz。
何とか途中止まることもなく、無事に新八代に到着。当初の計画では、新八代で余裕を持たせて20分くらいの乗り換え時間を確保していたのですが、列車が遅れたせいで10分もありませんでした。が、かろうじて間に合いました。
↑800系つばめの自由席。新八代では私以外だぁ~れも乗ってこなかったので一両まるごと貸し切りに(笑)。ちなみにシートは熊本産のサクラ材などを用いて温かみのあるデザインとなっております。
↑デッキの洗面所部分です。八代産イグサで編んだ「縄のれん」がかけられています。
↑鹿児島中央到着後に新八代で撮れなかった先頭部を撮影。フレームに収まりきらなかったので、分割して撮影しました(^_^;)。
本日最後の写真、鹿児島市電です。鹿児島でも雨と雷がすごかったです。
九州遠征2日目はこれで終わりです。結局2日目も、前日の鹿の影響と九州での滝のような雨のせいで散々な内容となってしまいました。天気さえ良けりゃあまだマシだったのになぁ(´□`。)。
次回は、「Day3:奇跡のバッドタイミングと滝の中の日本三大車窓」です。