鳩の杖 | 花月☆そうし

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 いま、皇居東御苑内の三の丸尚蔵館で、「鳥の楽園——多彩、多様な美の表現」という展覧会が開かれています。太平の世が続いた近世の爛熟がいまだ生き、近代皇室に技術の最高峰が納められたのでしょうか、三の丸尚蔵館の近代工芸はいつまで眺めていても見飽きることのない、人の手のつくった、宇宙の最良の模刻です。今回の展示は、「鳥」をモチーフにした、絵画もあり金工もあり、着物もあり、外国からの賓客のお土産品もあり、香淳皇后様の御作品もあり、というものなのですが、三の丸尚蔵館というと、私は近代工芸が最も楽しみ。これ以上の物はどこにも無いのではなかろうかという鶏さんの置物などが展示されています。圧巻の展示なかでは、可愛らしい小品、ご紹介が遅れてしまい展示替えがあるので実はもう見ることができない――図録には載っています——もの。もっと早くに記事を書ければよかったのですけど。それが、今回のテーマです。

 展示品のなかに、「鳩杖」というものがありました。

図録。

桃華楽堂。東御苑内、香淳皇后還暦記念に立てられたそうです。数年前、ここに雅楽を聞きに行ったことがあります。全面の屋根の上中央に、

お雛様。桃華楽堂は、この記事とは関係ありませんが、東御苑にありますし、今回写真が少ないのでアップ。

 鳩杖。図録の説明を短くまとめますと、江戸時代後期に作られたもので、全長112.3cm。有栖川宮家旧蔵。
「杖の頭に鳩形の飾りを付けた鳩杖は、七十賀や八十賀の老年に達した者が宮中に参内する折に使用を許されたもので、鳩は餌を食べてむせないことから、これにあやかって、老人が用いる。もとは中国の書に拠るが、日本での鳩杖下賜の記録は建仁3年(1203年)の藤原俊成の九十賀が初見。昭和40年を最後に廃止された。」
 実は、鳩の杖、増鏡に出てくるのです。過去記事で長々と思い入れを語った増鏡は、俊成さんよりあと、俊成さんの子の定家さんが始めのほうに出てきて、おしまいが1330年代となる歴史物語。
 俊成さんに既に鳩杖が下賜されているわけですが、増鏡に複数出てくる鳩杖の描写を見ますと、鎌倉時代には、「宮中に参内する折に使用を許されたもの」――下賜されるものであり、かつ使い方が規定されていた――というわけではないようです。老人が食べ物を安全に食べられますようにという意味で、老人用の杖に鳩がついているのが好まれていて、日常使いの杖として、ふつうのおじいさん、おばあさんが持っていた。そういうものみたいなんです。それがだんだんと、お祝い品、宮中で特別に許されるものとして、採用されることになっていった、ということかと思われます。
 で、増鏡のなかで誰が鳩杖を持った登場人物だったのかといいますと。複数いらっしゃるけれど、そのうちのひとりは。鏡物って、老人の語り手がまず登場して、見聞きしたものを語る、ということになっているよう。四鏡のうち、まだ、大鏡と増鏡しか実は読んでいないのだけど。最初に書かれた大鏡が190歳の大宅世継と180歳の夏山繁樹が若侍に語るお話になっているから、それを踏襲してということなのかしら、増鏡にも語り手と聞き手が登場するのです。増鏡の語り手は、おじいさんではなく、おばあさんでして、そのおばあさんが鳩杖を持って現れるのです。

 増鏡冒頭。陰暦2月(きさらぎ)15日嵯峨の清涼寺、八十(やそぢ)を越えていよう——女性の歳は控えめに表現するものですから、大宅世継さんより若いのでしょうか。時代が写実を求め現実的な年齢となったのでしょうか——と見える尼が、鳩の杖にすがって参詣に来た。どこか古代にみやびやか――古風で上品な――尼の姿に、聞き手は昔話など聞いてみたいものだと話しかける。尼は、百歳(ももとせ)も越しているでしょうか――やはり、100歳以上かな、と思ったら80ぐらいかなあと書くものよね。礼儀を心得た聞き手とみゆるわ――と、語り出す。

 先日、お茶席の花器の話題になったとき。竹の花器の話をしていたら、古き友のひとりが、「鳩の杖という銘の竹の花器を茶席で拝見しました」と。茶の湯の創始は増鏡の時代の、ずいぶんあととなりますが、神代の記憶、大鏡描く平安の代の記憶を上書きし、また足利時代に増鏡の記憶が上書きされ、厚い層となって、茶の湯に凝縮される。重層的な文化の連なりがなかったら、茶の湯もまた、起こりえなかったかもしれません。
 書こうと思っている——書けるのかしら――妄想小説増鏡に出てくる、増鏡作者——作者不詳なので、小説内ではこの時代の家系図にある実在した人のひとりを作者にすると決めています——に、鳩の杖を持たせよう。某院の形見の杖とかにしちゃおうかなあ。増鏡の時代は、絵巻物の制作が盛んだったから、絵巻物見ていけば、それらしきものが出てくるのじゃないかしら。そんなことを考えていた折り。友の話のなかで、鳩杖に出会い。そして、それを目当てで行ったのではない展覧会で、鳩杖に出会ったのです。
 こういう杖にしようと考えていたデザインは、鳥の部分は銀製にして、羽の色が変わるポイントにうっすら赤い色が入る……。展示された鳩杖は江戸時代に作られたものでしたが、頭の中で想像していたものに近かったのです。展示全体からみたら目立つものではなかったのですけど。

 書こう書こうと思いつつ、増鏡に関係したことは、書きたいという気持ちばかりがつのり、書けなくなってしまうようで、展示期間も終わり、ブログの更新もずいぶん日が開いてしまいました。鳩の杖とともにを携えて、歴史の旅に出かけましょう。さあ、たまった仕事をかたづけて、と自らを励ます日々。

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