ラジオ体操第3が
分からないシラー

しばらく悩みそうである汗
初めて知ったよあせる

ラジオ体操第3あるって。

幻となってるみたいだけど
どんな体操なんだろ???

帰ったら調べてみよアップ
昼休みにラジオ体操を
昨日から始めたよドキドキ

たかがラジオ体操
されどラジオ体操

なぜか
ラジオ体操が
始まる前
終わった後
みんな笑顔になってるのだニコニコ


バイト先で
次々とやらかしていましたグッド!

テレビの調子も良いので
ビール飲みながら
サッカー観戦サッカー

つまみも作り
飲む気満々ですドキドキ

今日も1日
頑張った自分への
ご褒美キラキラ

ビール美味いっすラブラブ!


タイム日記-image.jpg

地味にバイトの仕事が
増えてきてる。

検査や
電話相談がないと
暇なんだけど、

気付けば
責任ある仕事が
地味に回されて来てると
今日気付いたよ。

気付くのが遅すぎシラー

バイトだろうが
仕事はキチンとするのが
私のポリシーキラキラ

キッチリと
ササッと
仕事はこなし

残ってる時間を有効に
使うのが私。


本日は
休憩時間に
9月の講座の
プログラムを作り
出来ちゃったニコニコ

内容を詰めれば終わりです音符

私らしい構成にしたよ。


リラクゼーションあり、
笑いもあり、
でも真面目に講義もあり。

自分で出来る
簡単ストレス解消法を
2日間で
マスターしていただきます音符
キラキラセルフケアキラキラ


内容を詰めていくのが
楽しみだニコニコアップ
今 生きてることに

キラキラ感謝キラキラ

明日は明日

未来は誰にも分からない。
先々の不安は
誰しもが
持っている。


未来を不安に思いながら
心配ばかりして
生活するよりも



この時間を
生きてることに
感謝しながら
楽しく
生活しく
1日1日を
充実した時間を
過ごしたいねニコニコ

時間はお金では
買えないんだもんドキドキ


今日のバイトも
楽しく 
仕事してこようアップ
今日は朝から
雨が降ったり止んだり

私が外に出るときは
雨が止み
中へ入ると降りだす雨


数年前に
月に2~3回は
東京へ行っていたんだけど
不思議な事にも
私が東京へ行くと
晴れていたんだよね晴れ

台風の最中に
かろうじて動いていた
新幹線へ乗り
私が乗車後の新幹線は
すべて運休された。
東京も強風で豪雨と
連絡あったけど、
私が東京へ着いたら
雨が止んだのよ。
結局帰るまで雨は降らずに
私が帰った後に
雨が降りだしたらしく、
友達から

「美奈が帰ったから
雨が降りだしたじゃんシラー
と東京の友達からメールが来たのだ。

あー
それって
私のせい???




傘の使用頻度は
普段から少ないかもニコニコ

手術日をむかえた。

意外と元気な私。
朝食は無かったので
お腹すいてるし。

手術は14時から
午前中は検査されたり…
薬飲まされたり…

昼前かな?
注射された。
麻酔が効きやすくする注射。
その後すぐに
ぶっ倒れた。

体が動かない。
意識もうろうとしながらも
頑張って
起き上がろうとした。
けど動かなかった。

主治医が走ってきた。
もう60歳近いのに。

看護師を怒鳴っていた。
私は麻酔が効きやすい体質らしく、注射は不要であったらしい。

すぐに手術室に運ばれた。

けど
手術が出来なかった。

母は来ていたのに…
夫が来てなくて。
同意書がまだ書いていなかったから
手術が開始されずに
私は手術室で待機。

もう、私はほとんど
意識がない状態。

でも、ぶっ倒れてから
主治医がずっと近くに
ついていてくれた。
ずっと話し掛けてくれていた。
私は話すことも出来なくなっていたけど、何とか頷くことは出来ていた。

「子供の泣き声は聴かせてやるからな」

「子供の声を聴くまで頑張るんだぞ」

などとね。

結局、夫は
こんな大事になってるとは知らずに14時近くに来たらしい。
それから即手術開始。

麻酔をされ、
手術開始後すぐに
子供の泣き声と
主治医の声が響き渡った。
「女の子生まれたぞ~!元気な子だから安心しろよ!」

その声を聞いた後、
私は意識を失った。

このまま目覚めないかも。でも私がこのまま天に行ってしまったら、この子はどうなるんだろ…あの旦那には任せられない。
何とか目覚めて復活しなければ!!!

という気持ちが
私を目覚めさせてくれたのかもしれない。

目覚めたのは
次の日になってからだった。

目覚めてからも
頭から下は動かなかった。
喋れなかった。

麻酔がそれだけ効きすぎたのか?

3日は動けなかった。

このまま動けなくなるかと
思っていたら
3日後には無事に歩けたよ。

点滴かけるヤツに
捕まりながらだけど。

子供を初めて抱いたのは
手術1週間後でした。

子供はすっかり看護師さんに懐いて、
私が抱いても
「誰この人?」
っていう顔でムッとした表情だし、
母乳をやってもなかなか飲まず、
可愛い看護師さんが
与えるミルクしか
飲まなかった( -_-)

母親は生死をさまよいながら産んだのにさ。


まっ子供は無事にスクスク成長し、今では中学生。


退院後に腎臓専門の病院へ行った時には、すでに軽快してて驚かれたあせる
腎臓の治療もすぐに終わったよ。

余命3日と言われながらも
後遺症残ると言われながらも
今も母子共に
元気に過ごしていますドキドキ


主治医の先生には
手術直前まで
隣でいっぱい励まされ
すごく感謝してます。

苦しい辛いも
限界まで我慢する私を
見抜いた先生でした。

めっちゃ口は悪くて
怖い先生だったけどねニコニコ


今では
余命宣告も
良い経験となり
良き思い出として
心に残ってますドキドキ
平成8年に
余命宣告された
ことがある。
あと3日と。

妊娠中、腎臓を悪くし、
入院した。
それはそれで
良くなったけど
すぐに
妊娠中毒症になり
なんとか産休に入るまで
仕事を続け
産休に入ってすぐの
年末に…

妊娠中毒症が重症となり
それでも
年明けまで待って
明けてから
様子みながら入院かな~
と言われていた。


年明けて風邪気味だったから
とりあえず病院へ行った。

即入院 

付き添ってきていた母を
入院の準備のため
帰宅してる間に
主治医に呼び出され…

「病院勤務してるから隠してもすぐに分かることだから話しておく」

なんだろ?と思いながら
聞いてみた。

「3日後に帝王切開で子供を出す。」

予定日より2週間以上も
早いぢゃん…と内心思っていた。

「妊娠中毒症が重症化しているから、全力は尽くすけど、最悪は目覚めることはないかもしれない。」

ん?それって
私が死んでしまうのか?

「もし目覚めても脳内出血を起こしたりして寝たきりとなるか、良くて人工透析をする必要が出てくるかもしれない。」

はぁ~(・・;)
「もしかして…3日後に私は死んでしまうかもしれないんですか?」

と聞いたら

「最悪はそうなるかもしれない」

と。

さてさて…
3日しか生きれないかも汗
と言われても実感湧かず

どう家族へ伝えれば良いのか…

それよりも
手術日まで
朝から夕方まで
分娩室に閉じ込められ
自然分娩させようと
看護師さんらが
頑張っていたから
家族会える時間も
少なかったのだ。

タイム日記-201006271815000.jpg

雨がパラついてきた雨

雲の上には太陽がある晴れ

気持ちも同じドキドキ

心が曇っていても
雨が降っていても

その上には明るい光キラキラ