16才から美容室で働き始め色々な試練に遭い2店舗目を暫く頑張ってはいたがある日店長が、店を出すから辞めると言い
私の中では、味方が居なくなると不安だった暫くは大丈夫だったある日、勉強会では、終電で帰る時ガラガラの席窓際に、座ってたら酔っぱらいの3人組に絡まれた窓際に、座ってた私は出るに出れない
やたらしつこく飲みにと誘われ必死に断ったやがて駅に着いたその時駅員さんがどこからか現れ私を引っ張り出してくれた
有りがたかったお礼も、ちゃんと出来てない後悔次の日に付き合い出したK君が、わざわざ電車に乗り送ってくれるようになった
2駅を単車に乗って駅に止め又電車に乗り終電の時は私を送ってくれた
あの頃…多分一番幸せだったと思う
彼は、頭が良かった何個もバイト掛け持ち英語もペラペラ就職活動が、始まり私に聞いてきた一緒に住もう何処へ就職しようか…
私は都会に憧れて東京が、良いと
親からも離れられるし…
彼は、見事大手企業に、受かった
3ヶ月後私は彼を追って行った住む場所は、千葉だった私も直ぐに職が、見付かり駅の直ぐ傍で働けることに
長くスレ違う毎日彼は、新宿まで仕事に、通う始発の電車に乗り最終で帰る
つまり私が寝る頃には帰り起きたら居ない…
淋しくて元々友達居ないけど更に孤独に…
それでも私はもしかしたらいずれは結婚するんだから子供さえ出来れば…と安易に考えて居たそして出来た…ち悪阻は酷くて最悪だった彼に伝えると…今は、無理だよおろしてくれ3ヶ月ならまだ肉の塊だと…
まだ生活基盤も出来ていない
いずれ必ずと彼の仕事は、休めない
1人で産婦人科行っておろした
その時に言われた先生の言葉と後悔
勝手に遊んで命を奪うんだから麻酔は、無しで...物凄く痛かった辛かった悲しかった
勝手に傷付いたのは自分なのに…
彼を罵り部屋を目茶苦茶にし、情緒不安定だったそれから別のむ店に変わり寮のある美容室へ暫く働いた…何ヵ月か経ち、プロワイディングコンクールで優勝🏆を戴いた
千葉によく当たると言う占いをしてるお爺ちゃんを訪ねた
あんたは余り両親に恵まれてないが3ヶ月後どちらかが亡くなるが帰れば地獄このまま此処で働くならある程度成功すると...
その時はマァ父がよく入退院繰り返してたから父が亡くなるのかなって思った
本当にその日は、来た19歳の、時母が亡くなったと仕事中に、電話が、入り…一旦帰る事に。しかし父が目が見えにくいから不安だから帰って来いと言われ…帰る事にした
それが地獄の、始まりだった。

