わたしの描くのは全てが自分の内側の「おともだち」です。
なので、絵が売れていくのは、なんだか里親探しに似ています。(え?もしやこれは人身売買?)なんて。
これは夫の絵でわたしが1番気に入っているものです。
わたしは夫のファンであり、また夫もわたしのファンだと言ってくれています。
それはとても素晴らしいことです。
お互いに尊敬し合っているなんて、ダイヤモンドより高価な幸せだと思います。
♡o。 ..:*♡o。 ..:*♡o。 ..:*♡o。 ..:*♡o。 ..:
今日は、昼過ぎから月が出ていたよ!
夕暮れどきまで河原で、遊んだり、
瞑想したりしていました。
ふせん手帳というアプリ。
昨日の鬱が嘘のようにわたしは元気です。
「何も無い」、だから「いくらでも生み出せる」
バランスを保って、
自分を見失うなんて、可哀想なことです。
地に足を付けたら、ただそれを褒めてあげて
そのまま歩けたらご褒美をあげてほしいものです。
わたしは良く「あなたはいいなぁ、趣味が多いし1人でも大丈夫そうね」と。
以前のわたしは真逆でしたので、
ひとに寄りかからねば、生きていけないと思い、男の足に縋り付くようなビッチでした。
でも、それって、自分の価値を他者からの評価でしか承認出来なくなっていく、負のループなんです。
だから、変わりました。
ひとは変わります、そりゃ何年か何ヶ月かは、人それぞれ、でも、思うに、1秒ごとにわたしたちは成長しているのでは?と、わたしは考えます。
だって、年だの月だの、それは数秒の積み重ねでしかありません。
友人に「あなたは猫みたい」と言われたことがありますが、正しくわたしは、かなり気まぐれ。
でもそんな風なわたしを受け入れてくれるひとや場所が限られているからこそ、わたしは敢えて猫のように振るまいます。
だって、それが、わたしだから。
気に食わないなら、どうぞ、サヨーナラ〜
と、なんというか自分が断捨離されることに慣れちゃいました(笑)
わたしは、いつだって、いつまでも、わたしの味方でいなくては、と、思うと不思議と寂しくなんてないのです。
そう、
ワルクナイ ヨワクナイ







