お昼さがりに神戸女学院の司書教諭の先生が見学に来られた。
そのあと、一か月ぶりの早番のおかげで
心斎橋スタンダード・ブックストアに平田オリザの「わかりあえないことから」の
トークショーに。
ここは雑貨や本の在庫がユニークで、棚づくりはいつも司書の私の参考になる。
チェックだけして、アマゾンで買ったりすることも。
雑誌は買うけど。
アマゾンキンドルでこの「わかりあえないことから」の新書を
購入していて驚いた。
ほかの何人かがハイライトした部分は点線で表示される。
自分がハイライトしたところは意外と人気がなかったり。
本で買っているとそういう情報はシェアできないね。
文学作品なら知りたくないけど、こういった評論などは情報をシェアできると
ありがたいな。
一番乗りでトークショーに入る。一番前でかぶりつきで見る。
穏やかな感じの人。
でもさすがは演出家、話運びがうまい。
「ね」「よ」は女性が多く使う助詞。東日本の人もよく使う。それを80年代社会進出しはじめた女性は
意識的に使わないようにしてきたのではないか。
でも男性と同じ言葉を使うと固い印象を与える。だから半疑問形を使ったのではないか。
彼の身近で一番半疑問形を使ったのは作家の高村薫だったそう。あの硬派な作家が、
意外だ。
人の会話には冗長性が必要で、役者でもいい役者というものは
適度に冗長率をコントロールできるらしい。
いま、彼はロボット演劇をやっていて千分の1秒単位で
動きや言葉を発する時間をコントロールできるらしい。
無駄のない動きはかえって人に不安を与える。
適度な冗長性とはどんなものなのか?
必要な無駄な動きや間やことばとは?
これをきちんと分析できたら失語症や自閉症の人の
コミュニケーション方法に役立つのでは、といっていた。
いつか彼のロボット演劇を見てみたい。楽しい夜だった。
彼の新書の内容で「どんなケースなら落書きが許されるか」と
考えたとき、「芸術的だったら」「あと数日で壊される建物だったら」
などなかなか秀逸な答えがでるなか、
「独裁国家だったら」という答えが低いけど一定の確率ででてくるらしい。
命を懸けて意見表明したものをだれが罰することができるだろうか?
ちょっと日本人は思いつきにくい答えかも。