しぶとく、私はまだ生きている。
続かないだろうな…と思っていたこのブログも、やはり続かなかった。
整理し切れない感情は無数にあるのに、書けることが見付からない。
文字に書き起こすことは向き合うことに近いように思うが、向き合える状況にまだ無いように思う。
いつか、そんな日は来るのだろうか。
相変わらず私はまだ、何もかもを押し殺し、蓋をして、とにかく日々が過ぎるのを待っている。
勿論、笑って、泣いて、食べて、眠っている。
だけど、その眠りは今も未だ、何をしても助けられないことを悟るだけか、息子がとにかく見付からないか、亡くなった息子を抱き抱えてることに限定されていて、相変わらず夢でも元気な息子には会えやしない。
その度、自分の呼吸が苦しくなる程号泣して目が覚める。
寝てても疲れる。
養老孟司さんという方の言葉が、あまりにもしっくり来て、思わず笑って泣けてしまった。
「感情に関するあれこれを、あえて片付けようと思うからいけない。
傷ができる、触ると痛い。
放っておくしかないが、でも時々、触ってしまう。
「痛え!」と言って、まだ傷が残っていることを確認する。
痛くなくなる時が来たら、心の中に収まるべき適当な場所が見つかったということなのだろう。」
生きていると何でも忘れてしまうから、書き留めておこう。
誰も見ていないかもしれないけれど、私以外の誰かにも、この言葉が馴染むかもしれない。