体のどこかでモーターが唸るような音がした。
それと同時に体に違和感が走る、初めは左手首にかかったレザーのリストバンドに、そしてそこから体を一回りするように熱い塊が体の中を駆け巡った。
はじめこそ気持ち悪さを感じていたが、しばらくするとそれは心地の良いもののように思われ、体に力がみなぎる感覚さえ覚える。
体をぐるりと一周した塊はそのままリストバンドを通して鎖の中へと消え、今度はアレイシアの方へと送られる、けれどそれで終わるはずもなく左手からはどんどん多量の塊が循環し始めた。
それはまるで体内を駆け巡る血液のように次々と流れる。
そしてその現象はアレイシアの中でも起こっているのだろう、彼女の体も循環を受け止め、なにかを我慢しているように眉をひそめている。
激しくなるモーター音
流れ
俺とアレイシアをつなぐ一つの循環
それは一瞬のことだった
「コンタクト!アレイシアダークス・チェイン・ナガスミエイタ!」
アレイシアの宣言で、暴れていた循環が大人しくなった、正直ちょっときつかったからありがたい。
それと同時にアレイシアの能力が跳ね上がったのが体で感じられた。
彼女の強さは二人をつなぐ鎖が直感的に教えてくれる。
抑えきれなくなった力が彼女の中で渦巻いているのがわかる。
「焔の川よ!」
力を制御しようとアレイシアが一声かけると、とたんに爆発的な力がベクトルを持ったのが感じられた。
「死を誘う川よ!浄化の川よ!今、我が名のもとにその火種を行使することを許せ!」
宣言が進むにつれ力は光を放つ弾となり、アレイシアの手の中でうごめき辺りを照らし始めた。
紅い光は焔の色だろう
その光につつまれた天使の表情が光にちらつき一瞬だけ確認できた。
「何故!その力、貴様何者だ!?まさか、私を謀ったか!?」
筋肉質でありながらどこか慈愛を含んだその顔は恐怖と憎悪に崩れ、とても見られない形相になっている。
やがてアレイシアの生み出した焔はその勢いを保ったまま天使を包み込み、紅い閃光とともにその存在を文字通り消し去っていた。
それを合図にしたかのように天使に操られていたという男もまるで糸の切れた繰り人形のようにがくりと床に倒れこむとそのまま動かなくなった。
たぶん死んではいないと思うけれど、それでもどこか怖い光景だった。
俺はアレイシアを見上げ、ガッツポーズを取ろうと腕を持ち上げる、するとそれを待っていたかのように俺を襲ったのは、激痛。
刺された脇腹から脳みその奥まで響き渡るような鋭い痛みに思わずうめいた。
体を小さくかがませて患部に手を当てていると、どこからか聞きなれた日常の音がすることに気が付いた。
まるでついさっきまで仕事を忘れたかのような車のエンジン音、鳥の鳴き声、そんな普通の音がこの廃倉庫に流れ込んできたんだ。
そしてそれと一緒にまた別の音も聞こえる、長く間延びしながら辺り一面に響き渡るその音は聞き間違うことないサイレンの音だ。
けたたましいその音に倉庫の中に巣食っていた暗黒さえも後ずさりし、あとにはただのコンクリートの床、そして壊れたコンテナ群が残った。
「瑛太さん。」
頭上でアレイシアが話すのが聞こえる、痛みに顔をしかめながらも俺はそいつを見上げた。
「さぁ瑛太さん、終わりの時がやって来たようです。」
どこか寂しさを隠しているようにも聞こえる。
「救急車を呼んでおきました。この倉庫の外はもう日常です、安心してください、終わりました。私とはここでお別れです、瑛太さんと私は住む世界が違いすぎます、きっともう二度と会うこともないでしょう、寂しいけど仕方がないです」
「…」
「幻想は幻想の中へと帰らなければいけません、ただ、もしまた私の力が必要になったのなら、私の名前を呼んでください。いつでも、どこにいたって絶対駆けつけます。」
どうして、この悪魔は俺の為にそこまでしてくれるのだろう。
「それは…もう私たちは赤の他人じゃあないじゃないですか、悪魔って結構義理堅いんですからね?」
また、心を読みやがった。
「では、また会うことのないよう願って…さようなら」
朝の音
サイレンが鳴り響く
俺の名前を呼んでいるのはきっと楠だろう
もうアレイシアの気配はしない
けどそれでいいんだ
幻想は幻想へ
その言葉は意味は分からないけれど自然なことだと思う
だから納得している
それにきっと
太陽がまぶしい
倉庫の外
倉庫の中
ひとつ壁を隔てたところで日常と非日常が存在していた
それは
とても不思議な体験だった。
「あの…法眼様?氷月様に報告は…。」
「ん?必要ないだろ。」
錆だらけの廃工場、その屋根の上にさも当然といった顔で走り去る救急車を見下ろす男と少女があった。
黒衣にサングラスをかけ、笑みを浮かべる長身の男と、古式のランプを手にしたワンピース姿の少女の組み合わせは町に出たのならひどく浮くだろう。
「でも、この白界に上位悪魔が現れたのですよ?まさに一大事じゃないですか!」
「そだな。」
男は少女の話を軽く聞き流す。
「そだなって…わかりました、私が報告させていただきます。本来私のご主人様は氷月様ですから。」
そう言ってこめかみに人差し指を当てようとする少女を見とめると、男はそれを制止した。
「ミルキィ、確かにお前の主は氷月の野郎だろうな、だがあいつはお前に俺のサポートとして仕えることを指示したんだろ?だったら俺の命令に従うべきだ。」
「法眼様は何故そこまでご主人様をお嫌いになられてるんですか?」
無邪気な子供の瞳でミルキィと呼ばれた少女は法眼を見上げる。
「あぁ、大嫌いだよ。あいつの方針は綺麗すぎる。この戦争はもっとどす黒いものになるっていうのに、あいつは戦争のことすらまじめに考えてねえ。まぁお前ももっと大きくなればわかる話だ。」
「失礼な、これでも私の方が80才以上は年上ですよ?」
早朝の日差しを浴びた二人は煙のように消えた。後に残ったのは
宙に浮いた言霊だけだった。