乾いた破裂音とともにその部屋に硝煙のつんとする臭いが充満した。
俺に向けられたその黒い穴から飛び出た「ソレ」を俺の目はスローモーションで再生し、それが額にぶつかるまでのわずかな時間が永久にも感じた。
しかしそれを避ける術はない。
それは幻覚にすぎないのだから、漫画か何かのように避けることなどかなわないのだ。
これが17年間生きてきて手に入れた俺の宝「常識」だ。 そうして無慈悲にも凶弾は俺をとらえて離さないのだ…
「おめでとーございますっ!!」
クラッカーの乾いた破裂音とともに俺の額に異物が刺さった。
その痛みに思わずのけぞるとバランスを失った体はそのままもれなく万有引力の法則にひっかかり、仰向けに倒れ、悶絶した。
「な…なんじゃこりゃーー!!っていうか人に向かってクラッカーぶち込むな!!これパラシュート飛び出すやつ!?俺の額にアメリカ兵がランディングしてるじゃねえか!!」
俺はクラッカーの糸を引っ張った間抜け面の悪魔に怒号を飛ばす。
「いやですね、これロシア兵ですよ?」
「んなことどうでもいいし!」
あの突然の悪魔来訪から早くも1時間がたっていた。
時刻は夕方7時、クラッカーなんかで騒いでいたら階下の両親かお隣さんが怒鳴り込んできそうだがまだどうにか救われている、お隣さんも両親も出勤中だから怒鳴り込んでくる候補なんてない。
場所は変わって外部の非常識を完全にシャットアウト可能な常識の城だった(過去形だが)我が家の二階、俺の部屋。
降臨よりずっと背後霊のように俺の後ろを付きまとっているこの悪魔は今、俺の前でクラッカーを構えふわふわと浮いていた。
「では…サービスの説明を…。」
「いや、もう何べんも聞いた。」
「全然納得してないじゃないですか。」
そうやって膨れ面をした憎々しい悪魔は何度もしまっては出したせいでシワシワのアンチョコをポケットから取り出すと揚々と読み上げ始めた、まさか俺が納得した表情をするまでやめない気か?
「ええ…ごほん…今回はおめでとうございます、あなたは『悪魔の救命サービス』に見事当選しました、この契約は『人生におけるピンチから一回のみ救命』するというサービス内容になっております、ちなみに被執行権の放棄はできませんのでご了承ください。」
いかにも胡散臭い文句をたれると、再びエンジェルスマイルに戻り「うらやましいです」なんて雰囲気を出している。
どうやらもう信じるしかなさそうな気がする。
いつものペースならばここでハンマーやらバットを持ち出して「悪魔なら死なないよな」なんて言いながら殴打するんだろうけれど、そうすることでこの「非常識」な存在をより確固たるものとしてしまった場合、相当後悔するだろう、という結論に達し工具箱はいまだ物置の中だ。
というのもその女はそこまで俺を不安にさせるほど確固たる「非常識」なオーラをバンバン出しているからだ、たとえば浮遊してたり、どこからともなくクラッカーを用意したり、くねくねと尻尾を動かしたり。
とりあえずそうと決まればやることはただ一つ「この非常識な存在が俺の生活に何かしらのパニックを起こす前に帰す」ことだけだ。
「えぇと…アレイシア…さんだっけ?」
「はい!」
はじめて名前を呼んでもらえたのがそこまでうれしいか、しかしその顔面から聖なるパワー的な何かを放出するのはやめてほしい。
「一つ聞きたいんだけど、『人生におけるピンチから一回のみ救命』…だったよな。」
「そうですが?」
顔からペカペカ光線を出しながら小首をかしげるさまは下手すれば一撃で腰砕けになるような清純さが込められている。
「一回って…もう終わってるんじゃねえ?だったらもうここにいる必要ないだろ。」
もしかしてそれを言えば泣くかもしれない、それほど純朴なオーラを出す悪魔はそれでもケロッとしていたから逆に拍子抜けした。
「いえーそうじゃないんですよ。」
悪魔は人差し指を立てる。
「実はですね、瑛太さん。あなた、まだ生命の危機の途中なんです。」
へ?
予想外な言葉が飛び出て、おもわず腰の抜けたような声が出た。
「つまりですね、今は私が何とかしてるから大丈夫なんですけど…なにか瑛太さんは『意図的』かつ『継続的』に『何者か』に命を狙われているようなのですよ。」
ほーらきた、これは夢だ夢に決まってる、そうだいっそのことシュワル●ネッガーとか出てこい、そうすりゃあ相当シュールな夢に仕上がる、どうせ見るんだったら夢の中くらい非常識な方がちょうどいいんだよ。
「夢じゃないですよ」
心でも読んだのか、そう言うと相変わらず笑顔光線満載で悪魔は俺の頬を思い切りひっぱたいた、その勢いにパァンと乾いたいい音がする、勢い余って首が恐ろしい勢いでグルンと回った。
「いたい…とかいうレベルじゃなくて感覚ないんだけど…」
「けれど効きましたよね?」
そうして悪魔はまた少し高度を上げると、頭を天井にくっつけた。
「とにかく、危険度はいまだ把握しきれませんが最悪の場合、私はともかく瑛太さんを守れなくなるかもしれません、ですからちょっと向こうの世界の方からなにか道具取ってきますよ、一晩くらいかかるかもしれませんが…その間は私のシールドがもつと思います。」
そこまで一気にまくしたてると悪魔は梁を突っ切って首、胸、腰、そして足首の順に天井裏へと消えて行ってしまった。一人残された俺はしばらくして呟いた。
「そういえば…悪魔と契約した奴ってだいたい魂抜かれてるよな…」
俺はもしかして早まった…いや、遅まったのかもしれない…。