久しぶりに歩いた竹下通りの喧騒は、中高年のオヤジには、どこか場違いで居心地が悪く、明らかに自分ひとりが浮いているように思えてくる。そんな気恥ずかしさを覚えながら、私は冷たい雨の降る中、原宿RUIDOへと歩を進めていた。
はたしてこの会場に来たのはいつ以来だろう。TPDにとって事実上最後のライブとなった公演が、96年の3月にこの場所で行われているが、ひょっとしたらそれ以来かもしれない。
地下のフロアへと続く階段を降りるとそこには懐かしい風景が...と思いきや、店内は改装されており、当時の面影はまったく残っていなかった。しかしそんなことはこの際どうでもよくて、問題なのは、この場所へ、彼女達が「TPD」として、運命的な帰還を果たしたことである。
フロアにパイプ椅子が並べてあるところは昔のRUIDOと同じ。観客の収容人数もだいたい同じくらいだろうか。ただし以前よりもステージが若干広くなったような気がする。
定刻時間が過ぎて、場内が暗転し、ジェット機の轟音がフロアに鳴り響いたとき「まさか!」と思ったが、そのまさかだった。
28年ぶりの原宿RUIDO公演。それは「BACK IN THE U.S.S.R亅から始まった。
手元に資料がないので、断言は出来ないが、自分の記憶を信じれば、この「BACK IN THE U.S.S.R」、おそらくシアターサンモール以来のパフォーマンスになるのではないだろうか。それにしてもよくこんな古い音源が残っていたものである。
ステージ上には川村知砂、中川雅子のツートップに新井雅と愛ちゃん、それにアッコもいる。前回の六本木の公演では、観ているうちに段々と気分が高揚していったが、今回のライブはいきなりジェットコースターを急角度で降下していくようなスリリングな展開で始まった。
続いて「ブギウギ・ダンシング・シューズ」、「ジャスト・ライク・マジック」といった定番曲が続いたとき、思わず膝を打った。つまり今回の公演のテーマは原点回帰ではないだろうかと。なるほど、この日、披露されたほぼすべての楽曲が初期の作品のみに限定されていたのは、明らかに原宿RUIDOという会場を意識してのことだった。
さて前回の公演では、久しぶりに「TPDのアッコ」が観れたという感激で、興奮のあまり取り乱してしまったが、あの時と比べたら、今回はいくらか冷静さを保てたような気がする。とはいえ前回よりも単純にアッコの出番が増えたのは、明らかに俺得な内容だった。
それにしても..と思う。事実は小説よりも奇なりというバイロンの言葉があるが、本当に数ヶ月前まではこんなことが起こり得るなんて、予想だにしていなかった。 DANCE SUMMITの御旗のもとに、かつてTPDに在籍したメンバーが同じステージに立ち、当時のライブを再現している。その姿を観ているだけで胸が熱くなってくるが、さらに言えば今回の公演ではBishiこと石井智子と、6期生だった高野モニカもそこに加わり、新旧メンバーが入り乱れ、もはや何でもありの様相を呈している。
驚いたのは前回とライブの内容をガラッと変えてきたことだった。細かくチェックしたわけではないが、感覚的には90%くらい、RUIDO仕様のセットリストに変えてきたように思う。前回のセトリも良かったが、今回の曲目もそれに匹敵するくらい素晴らしかった。【シンTPD】によって、新しく生命を吹き込まれた名曲の数々は、観客の感情移入を受け入れ、まるで各々のメンバーの人生を映し出しているかのようにも見えた。
では私が今回もっとも感情移入した曲は何だったか?
それは徳永愛がボーカルを担当した「ラッキー・ラヴ」である。イントロを聞いただけで身震いするほど大好きな曲だが、今回、愛ちゃんのバックには、パジャマを着たアッコとモニカがいる。さらには寸劇のシーンでBishiが乱入するというのも一興で、繰り返すが本当にこんなシーンが見られるなんて夢にも思っていなかった。TPDのラッキー・ラヴ史の中で、順位をつけるとしたら、その最上位に位置するのは、93年2月に、やはりここ原宿RUIDOで行われた中川雅子バージョンだと思う。しかし愛、アッコ、Bishiという登場メンバーの思い入れだけで言ったら、今回のバージョンのほうが上かもしれない。同時に、私は高野モニカというメンバーのことをよくは覚えていなかったが、今回、ウン十年ぶりに観ていたら思い出してきた。アートスフィアのときに浴衣姿で前座で出てきたコだ..たぶん。(違ってたりして)
そして、この日のキラーチューンをもう一曲あげるとしたら、やはり、それは前回同様に新井雅の「愛なんて」になるだろう。「ラッキー・ラヴ」のようなコミカルなナンバーも良いが、ここでは強面のTPDが観れる。当時から好きな曲だったが、この曲の見せ場は歌というよりも、エッジのきいた緊張感のあるダンスだろう。雅をセンターに置き、バックには新旧4人のメンバーが激しく競い合うように踊る。下手側のマチャコ、愛ちゃんと、上手側の川村、アッコが「対」を成しているようにも見えるし、フロントの雅がバックの4人を従えているようなフォルムにも見える。観る側の想像力と知的興奮を駆り立てるような図式だ。
ジェットコースターに乗っているような状態は、結局、最初から最後まで続き、本当に夢のようなセットリストだったが、とくに「BAD DESIRE」からラストの「OVERNIGHT SUCCES」までの、息もつかせないような展開は圧倒的で、マチャコはライブの終盤で観客に注意勧告をするべきだったと思う。「お客様の中で、こんな症状の人はいませんか? 心臓に疾患のある人や、高血圧の人は、これからラストまでの時間は、あまりにも刺激が強すぎるから、すぐに会場から出ていったほうがいい..」と。
私は今回の【ひとりTPD】を、至福と追憶が入り混じった感情の中で観ていた。マチャコが師と仰ぐDANCE SUMMITの礎を築いた中村先生は数年前に他界し、当時のTPDメンバーの多くは、今では芸能とは関係のない普通の生活を営んでいる。時の流れは残酷で、我々は身近な人間の死を、現実として受け入れなくてはならない年代に差し掛かってきた。しかしいくら振り返ってみても、もう二度と過去に戻ることは出来ない。
それでも【ひとりTPD】は、30年前に受けた多くの感動と興奮を、再び思い起こさせる絶好の機会を我々に与えてくれた。私は91年に初めてTPDのライブを観てから、活動を停止するまでの数年間、時間の許す限り彼女達のライブを観てきたが、少しづつその記憶は曖昧になってきている。 今回、時間を巻き戻し、再びTPDを観ることが出来て、それが夢や幻ではなく、30年前にかかった魔法がいまだに解けずにいるのだということを改めて再確認した。アンコールの「ロコモーション」で、メンバーひとりひとりがステージに登場してきたとき、いろんな記憶がフラッシュバックし、思わず涙腺が緩んできたが、この歳になっても、こんな気持ちにさせてくれるTPDというグループは、やはり私にとって唯一無二の存在だ。
次回の10月公演までのあいだ、当分TPDロスが続きそうだが、「次」があるんだという幸せを、同時に今噛み締めている。