ベーオウルフ 7 イラスト描くための忘備録
文章の通りが悪いので弄ってます。。。
7故郷へ
耕作地を抜けてヘオロットへ向かう内、太陽は釣瓶落としに沈んで行き、彼らの影は育ち盛りの大麦の畑の上に横様に長く伸び、王の館の高い破風の端に飾られた牡鹿の黄金の角が夕日を捉えて、無数に枝分かれした炎よろしく、燦然と煌いた。一行が通って行くと、人々が戸口に走り出たが、戦士達は真っ直ぐに王の館に向かい、広間の奥へ進んで、フロースガール王が嘆きつつ座っている王座の足元に、かの灰色の首を置いた。
「いざ、お心を晴らし、喜び賜え、デネの王フロースガール殿」ベーオウルフは叫んだ。「我等の持ってきた海の汚物を御覧あれ」
だがフロースガールは既に、掛けた侭、前方に身を乗り出し、恰もこの世にそれ以外のものは存在せぬかのように、足元のイグサの中に転がったグレンデルの首を眺めていた。それから自らの頭(こうべ)を上げ、ベーオウルフと其の背後の勝ち誇るイェーアト人等に眼をやった。
「エッジセーオウの子ベーオウルフよ。そちがこの広間に立つ様を再び眼にできようとは思わなかったぞ」まずゆっくりそう言った。
「この母親も死んだのか」
「死にましたが、戦利品として持ち帰ることが出来たのはこの首だけです。この首と、是を切り落とした剣です。しかし、御覧下さい。残るは柄ばかり。怪物の血が刀身を融かしてしまいました」ベーオウルフは王に、のたうつ黄金の蛇の細工に覆われた大剣の柄を差し出した。
フロースガールは受け取って其れを打ち眺めた。それから再び貌を上げて言った。「では大いなる戦いがあり、多くの不思議が在ったのじゃな。そちが<夜の徘徊者>の住処のある水に飛び込んだところからの話をどうか聞かせてくれい」
それで、古の剣の柄を手に座している老王の前に誇らしく立った侭、ベーオウルフは海の女怪との戦いを、イェーアトの民が勝利を物語る時の常として、歌物語に仕立てながら語って聞かせた。
歌が終わると、フロースガールは立ち上がって、若い戦士の肩に両腕を回し、一言も出せずにいた。天晴れアッシュヘレの仇は討たれ、これからは<鹿のヘオロット>に安らかな眠りが訪れると思われたからである。
其の夜も、イェーアト人、デネ人は昨夜同様に宴を催し、ベーオウルフと其の剣の同胞には更に贈物が振舞われ、角杯は手から手へ回され、火は明々と燃え上がり、王の吟遊詩人は竪琴から歌を紡ぎだした。夜も更け、酒と竪琴の時間が尽きると、イェーアト人、デネ人は共に、曙光が荒地を訪れ、鶏が時を告げるまで、仲良くヘオロットで眠りについた。
朝日が昇り、集落が活気付いてくると、ベーオウルフは王の許を訪れた。「わらわの参った目的は達されました。ヘオロットは是より安らかな眠りの場所と成りましょう。そろそろ我王にして主君たるヒイェラークの許に戻る時と存じます」
「そちを失うのは真に悲しい。じゃがそちも主君と民の許に帰らねばなるまい」フロースガールは、座っていた狼皮を敷いた腰掛から立ち上がって、伸ばした腕をベーオウルフに懸け、じっと相手の貌に見入った。
「この後長く、そちはそちの民にとって、危急の時の大いなる剣となり楯となるであろう」
「それは運命の女神ウィルドの胸一つです。」ベーオウルフは答えて、我肩に懸けられた老人の手に己が手を重ねた。「しかし是だけは確かです。陛下は私を息子と呼んで下さりました故、いつか又、私がお役に立てる事が在れば、戦であれ、何であれ、お知らせ下されば、私は千の兵を率いて馳せ参じましょう」
フロースガールはベーオウルフの肩に頭を乗せて涙を流し、二人はイェーアトとデネの間に末永い友誼が結ばれん事を誓い、唾を吐き、両手を合わせて、誓約の記しとした。
やがてベーオウルフは戦士等を呼び集め、一同は揃って別れを告げ、再び敷石の道を海岸へ向かった。フロースガールより賜った馬に乗る者もあり、歩く者も在ったが、何れも財宝と見事な武器を担い、其の灰色の鎖鎧は彼らの歩みに合わせて音高く鳴った。
多くのデネ人に囲まれて荒地の尾根を越え、フィヨルドの先、戦船が潮の及ばない処の砂利の上に安全に舫われている所に到着したのは、未だ早い時刻であった。沿岸警備の長は一時も其処から去った事が無いかの様に、船の傍らに馬上の姿を留めていた。
ベーオウルフは彼に、柄の黄金の蔓を巻いた剣、ウンフェルスに与えた剣と同じ窯より作られた業物を与えてから、デネ人等の手を借りて竜骨の下に丸太を置き、拍手喝采の中、船を海中に押し出した。船は波に乗り、忽ち命を得て軽やかに揺れ始めた。人々は馬を船上に乗せて、後に自らも飛び乗り、丸いしなの木の楯を船縁に並べて、櫂を操り始めた。ベーオウルフが舵の上に身を屈め、皆は一斉に漕ぎ出して、船を回し、竜を象った舳先を沖の方に向けた。デネ人等の別れの挨拶は、ともの方に遠ざかり、やがて微かになって海鳥の鳴き声に紛れていった。程無くフィヨルドの出口の高い岬の出ると、目の前には洋々たる海が広がり、風が縞の帆を孕ませて、船を一路故郷に向けて推し進めた。
二日後、ヒイェラークの沿岸警備の長が、イェーアトの国の高い岸壁に馬を打たせていると、フロースガールの沿岸警備の長と同じ様に、細長い戦船が入ってくるのが見えた。だがそれは見慣れぬ船ではなく、長い事待ち侘びていた船であった。船を見るなり、彼は喜びの声を上げ、繰り返し馬腹を蹴って、大声でこの知らせを叫びながら、ヒイェラークの館の下の船着場を指して、一目散に飛ばして行った。
ベーオウルフと剣の同胞が船を浜に着けた時には、潮の満ちる高さまで喜びの群集が犇めいて歓呼の声を上げ、共に手を貸して船を岩棚に押し上げ、また財宝をヒイェラークの館に運ぶのを手伝った。
其の夜は、イェーアトの国の大広間で盛大な喜びの宴が催され、王妃ヒュイドが戻ってきた戦士の為に酒を注いで廻り、それからデネへの出帆以来の出来事を聞きたいとの人々の声に応じて、ベーオウルフが立ち上がり、昂然と貌を反らし、グレンデルと其の母親を殺した次第を、勝利の歌として語り聞かせた。物語が終わると、彼は勝ち得た財宝を持って来させ、其れを自らの王と王妃、又朋友や身内の者に総て振る舞い与えた。唯、フロースガールから最初に与えられた贈物の剣と、フロースガールの鞍を置いた馬だけは、自らに取って置いた。
それから、馴染んだ普段着に着替える者の様に、彼は再び、ヒイェラークの家中の一の戦士の座に直ったのである。