美術史における包茎ちんぽとずるむけちんぽ(男の裸が続くので注意!) | 萬日記 ガラクタ部屋とも云う

美術史における包茎ちんぽとずるむけちんぽ(男の裸が続くので注意!)


ジークフリート35

アートにおいてのセクシュアリティという問題です、早い話

上記画像の高画質板は此方

英語でいうヌードとネイキッドと説明した方が判りやすいかも、多分この辺に関し美術研究家が色々書いているので、ヘタれな知識で生暖かく温め直すよりも、描いている、創作している側の感じ方と云うモノを自分なりに解釈をしてみたいと。・・・


創作している側の欲望が作品と言う形に残されるに従い、何処まで妥協するかが自分の感覚の瀬戸際において、セクシュアリティの問題は根源的な問題を含んでいるため、あるいみ万人に判りやすく、訴えやすいものです。



見たまま、考えているまま、欲望のまま自分の知識に忠実に描きたいが、しかし、周りの目も在るという事で、古今東西の絵描きたちは薄布とか褌(loincloth)とかで自分の欲望を宥め、誤魔化してきたように思えるんだわ。

カラヴァッチョとかスプランヘルとかの絵をみるとそんなきがする。とくにスプランヘルは肌の色にボディペイントしたような鎧を描き、股間にはそれらしきものを配置しているところを見ると、ああ・・・このひとは本当はちんぽを描きたかったのだろうなーと思うわけです。(ゴヤも依頼されて裸のマハを描いた訳ではなく絵描きの止むに止まれる情熱(と書けば体裁が良いですが、欲望です)によって、描いたものではないかと思えます)

 で最近特にパルジファルの為の資料集めしてるのですが、其処にいくとホモ・セクシュアルとバイ・セクシュアルというモノに当り、ある意味、普遍的な人類愛というものはバイセクシュアルというの在りかという考え方に辿り着いた訳です。

 じっさい男の絵を集め出すと結構面白く自分の感性の広がりというものを実感します。

不道徳とか、背徳とか一般には言われるものには、好きなもの、嫌いなものの表れで意識が集中して観察眼というものが養われます。

興味が無ければ其の侭スルーすれば良いだけの話しです。 特にこの点に引っかかってくるのは嫌悪の裏返しの興味と言えます。

で、最初に戻ってヌードとネイキッドの問題があります。


ジークフリート34

これの場合ヌードと言う風に弄りたければ、褌を外し、垂れた包茎ちんぽを描きたせば、其の侭問題無く展示できるのでしょうけれど、あえてこれの ずる剥けちんこお勃ばーじょん をつくってみました。(笑

これも一種の命の発動で、絵描きの欲望の暴走ともいえますし、古来の絵としての考え方で観ると冒涜ですね。


最近はアートというモノの台頭によって漸く、ヌードとネイキッドの垣根が取り払われるようになってきたように思えます。

絵描きにとって描きたかったものが漸く手に入る時代とでもいうのでしょうか。