シュリンゲンジーフのえんしゅつ
聖杯が黒人女性ということでブーレズの演奏以前に大ブーイングが起きてしまったもの
かれはオーストラリア博物館にあるヴィーレンドルフのヴィーナスをイメージさせたかったのかもしれない。
全然違和感ありません。(彼もこのようなことを念頭に置いていたのではと思います。勿論彼のサイトにはそのようなことが一切かかれてませんが
只この絵柄でバイロイトで見たら私はブーイングをせざる終えないと断言します。
通過点の一つとしてこのような演出作品が在っても良いような気がしますが是はバイロイトではなくシュテットガルド、ケルン、ミュンヘン向けのような気がしますね。
演出家の発想は「優性思想」の破壊を目指したのでしょうがもう一つ飛びぬけた考え方がないため、薄っぺらい感じがしないでもありません。
ラインの黄金の後書の更にネタ晴らしになりますが、私の「指環」で「ラインの黄金」にて三人の娘をコーカソイド系にせず、セム、ハム、ヤフェト、と定義づけしたのは一地域のお話ではなく全世界を巻き込んだグローバルな問題であり、この三つの名前を出した時点でカッバーラを織り込んでいるとの意思表示です。
参照画像三人の娘とアルベリヒ
彼女らは「黄金の光」のなかではセム、ハム、ヤフェトの違いが「消滅」します。肉体という殻の違いを黄金の光で「浄化」すると表現した方がわかりやすいかも。
一応そのよーなメッセージをラインの黄金で仕込んであります。
「只、裸のねーちゃんが泳ぎまくっているという訳ではにゃーでぎゃ。」(名古屋弁あってます?)
其れゆえ彼女達は浄化できず、不浄な物を身体に溜めつつ在った為、黄金を欲するという風なのも仕込んでましたが、是は巧く表現できずじまいでしたが。
聖杯という存在が白人社会の犯すべからざる宗教の思い入れがある為、黒人女性というものは、赦されざる冒涜のような気がします。(演出家は其れを意図的に狙ったのでしょうが)
日本に喩えると天皇が行き成り黒人に「乗っ取られた」フィーリングが解り易いかも知れません。
黒人が「さあ、合法的に天皇家になった。敬え!」を許せる人がいるかどうか・・・
優性思想に基いたものでもそのエッセンスを汲み取る事は重要なポイントで其れを普遍的な要素に置き換え、読み替えしてゆくのが今後の課題であることは間違いないと言えます。
「象徴(シンボル)と寓意(アレゴリー)」で聖杯を「黒人の女性」で現した事が「象徴」を含んだ問題になってしまい、蒙昧且つ底の低いものになってしまったことです。(優性思想の嘲笑、偶像化に留まり、それ以上のテーマに成り得ない)
是が「銀色のボディ・ペイント」をした「黒人女性の『裸』」であったならば「寓意」(本質的なものを含まない)というものが現れ、ワーグナーが求めた「永遠に女性的なもの」を含んだテーマまで昇華できたような気がします。
多分私だったらさらに背中に光の車輪背負わせて「四つの天使」を描かせて、「世界」のタロットと「運命の輪」を持たせたでしょうね。
その姿はまるで菩薩様のようですが・・・・・
ベースは黒人女性ですが、私の念頭にあるのはミトコンドリア・イヴ。人類の総ての遺伝子の元。
ググると解りますが北アフリカエチオピア(上ナイル)にミトコンドリア・DNA解析によって最初の女性が存在したと言われてます。
両足から巻き上がる左螺旋の金と銀のペイントは二重螺旋のDNA
女性の寓意であるため陰毛及び頭髪は剃ってます。
子宮の真上のマークは赤い杯(盃)
手に持つ錫はトート・メルクリウスの杖。ヨーロッパに住んだことが在る人はこのマークは医療のマークである事が解る筈。
背中の車輪は黄道と不動宮の四つの星座。
ある意味タロット・カードの「世界」
本当は目隠しという感じに弄りたかったけれどチョッと冴えないので目を閉じた状態。
(非ゲルマン系の人間から考えると着目すべき点でしょう。)
それだからこそ黒人女性を其の侭だしてしまってはパトリス・シェローがあれほど気をつけた「寓意」ではなく「象徴」そのものを含んだ問題に終始してしまうのです。
あえて其れを避けたいがため、私ならば黒人女性にボディ・ペイントという風にしたいと考えます。そうした場合、「ネグロイド、コーカソイド、モンゴロイドの違いって何」という具合に人類全体の問題提起出来るからです。
股間にチンポが無く、割れている。胸が大きいくて豊か・・・・
是はある意味記号でしか過ぎないということの人類全体の「寓意」です。
では其れは何のためか?聖杯は「キリストの血を受け止め留める」たゆえに尊いのか?それに付随する奇跡が存在するゆえに尊いのでしょうか?
それは信仰の証にほかなりません。
女性器(この場合「聖器」文字通り聖なる器と表現したほうがいいかも)
男性の遺伝子情報を(種?、単に精液)「受け止め留め」るだけに限らず「闇の中」自分の遺伝子を組み合わせた新しい命を育み、「光の元」に産みいずるという所に奇跡の存在があり、人類全体の普遍の真理です。
産みいづる苦しみの中で授かった命の福音は女性だけに与えられた喜びの奇跡という風に私だったら「聖杯」を捉えたいです。
演出家は残念な事に彼の頭の中にはカッバーラの思想がない為終始人類救済というテーマには辿り着かない、底の浅い物に収まってしまうのでしょうな~
ナザレのイエス、マグダラのマリアは元々セム族なのでこの辺あたりを弄ると又問題が起きそうですけれど わし、ヒューマンボディに色を塗ったくって表現したものが好きなもので・・・・
追記
イゾルデ様からのメッセージの転載↓
ところで、聖杯の色合いについて。
ローエングリンでワーグナーが聖杯に使用した調はイ長調。
光り輝く黄金色のイメージ。
一方パルジファルで使用されている調は変イ長調。
くぐもった銀色のイメージ。
と聞いた事があります。
さすがに黒人女性、まんまでは音楽に寄り添いにくい??
グルネマンツから聖杯の事をきいたパルジファルは
それを「人だと思って」こう聞きますね。
パルジファル「グラールって誰のこと?」
グルネマンツ「それは口では言えぬこと」
イゾルデ様
とても貴重な情報を有難うございました。
御蔭さまで
ローエングリンの聖杯⇒黄金の光⇒太陽の明るさ
パルジファルの聖杯⇒銀の光⇒月の優しい光
というイメージが湧きました。
そうでした。パルジファルはグラール(グレイル)聖杯の事を霊止
(ひと)だと思っていたのでした。
是ってダビンチ・コードの魁的発想じゃないかと思うのは独りよがりの考え過ぎかなぁ・・・・


