アムフォルタスの傷、別名きんたま(睾丸)もぎ取り合戦(長くなるので分割します)1 | 萬日記 ガラクタ部屋とも云う

アムフォルタスの傷、別名きんたま(睾丸)もぎ取り合戦(長くなるので分割します)1

Parsifal

を弄ります。
パルジファル1

クリングゾル「遅かったな!グルネマンツ。

是がお前達の王の哀れな姿だ。ハハハハッ」

と言いつつくリングゾルはアムフォルタスからもぎ取った血塗れの睾丸をグルネマンツに見せ付け、なお誇示するようにそれを握り潰す・・・

傍らには金髪に染めた髪をし、美女に化けたクンドリーが悲しげに佇んでいる。

グルネマンツはその女が誰であるか判らなかった・・・




パルジファルが始まって、行き成り眠くなる(落とされる)グルネマンツの語りいきます。

もっともこれは立花様のサイト のメインのコンテンツですが、それに至るまでのミクシー内の試行錯誤の裏話の様な物です。


まず最初パルジファルの話題がでてアムフォルタスの傷について、マイミクのgommy様が疑問に思った点を引用させて頂きます。・・・


↓↓

さて、予告していたエロネタの登場です。(深呼吸~。)
といっても、かなり真面目な話になってしまうかもしれませんが。

このネタを開放するのには、ちょっとウラをとらねばならないと思い、白水社の対訳本を取り寄せていました。(なんせ、いまだ日本語訳を見たことがない私・・・。)それで、ちょっと時間がかかりました。

ことの発端は、関西の某有名大学の教授のHPを訪れた時のことです。この先生は、ショーペンハウアー哲学の研究をなさっていらっしゃいます。先生の論文本体とは別に、おそらく学生向けなのでしょう、パルジファルのあらすじが載せられていました。

その中で、先生はアムフォルタスが傷を受けた場所を「性器」と記されていたのです。がーーーーーーん。

そこで、私は思わず先生にメールをしてしまいました。

実際、私はキリストと同じ脇腹だと思っておりました。
先生がそのように判断された根拠となる資料などをご提示いただけないか、と。

すると、たまたまドイツにいらっしゃった先生からお返事が来ました。先生のご説明によると、(以下、コピペ)

「こちらの点については、(私個人としては)断言できる根拠がありません。脇腹という方が一般にいわれていますし、そちらの方がつながりがよいように思います。この点はおそらく(一部略)あらすじでお読みくださったと思いますが、あらすじは本来『ショーペンハウアー研究』に発表した論文本体には含まれておらず、学生への参考資料として付加したもので、私自身も、そうだったかな、といぶかりながらも、学生への分かりやすさやインパクトを考慮して rororoのあらすじ解説をそのまま採用して「性器」としたのでした。
 実際に、キリストの死を確認するべく脇腹を突き刺した同じ槍がアンフォルタスの脇腹に不治の傷を残した(アンフォルタスの人格的死を封印した)、とする方が、整合的ではあります。この点につきましては、寛大にお取り扱いください。」

え~~~っ!?そうなんですか、先生!!!
まあ、先生にとってはあらすじよりも論文の方が重要なのはわかりますけれど・・・それでは私のモヤモヤが消えないのです。

そして、白水社の対訳に頼ることにしたのでした。
上記の本によりますと、脇腹の傷はキリストを思わせるが、原作のエッシェンバッハでは生殖器となっているそうです。ただ、最終的にこの案は採用されず、脇腹となったということです。(ああ、よかった。)

ショーペンハウアー的解釈によれば「意思の焦点」とする生殖器を、クリングゾルは自分の手で、アムフォルタスは自分の槍で傷つけたということになり、2人の罪の相似性(共有)を示しているとのことでした。

そして、先生は最後にこう付け足していました。
「ワーグナー作品におけるキリスト教的象徴の扱いについて研究する場合は、槍による傷の位置はもちろん重要な問題になってくると思います。」

あの、それって、私に研究しなさいということですか?(笑)


引用お終い


つまり早い話し神聖祝典劇パルジファルのテキストでは脇腹と表現されているのが元々の意味は男性性器という事なんです。

で更に ぴっぽ様 の資料が提示されます。

以下引用


根拠の資料、問題の解決の手がかりに…。

三宅新三氏が書かれている「ヴァーグナーのオペラの女性像」(鳥影社)から長文引用します。
 「ヴァーグナーが『パルジファル』のリブレットを書くにあたって主な拠り所とした中世の叙事詩、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ(← ぴっぽ注 エッシェンバッハ ご存知「夕星の歌」)『パルチヴァール』の聖杯王アンフォルタスもやはり不治の傷に苦しんでいる。ヴォルフラムによれば、ミンネ(愛)を求めて冒険の旅に出たアンフォルタスが異教徒と戦ったとき、毒を塗った槍で睾丸を傷つけられた。それ以後、彼は二度と元の体には戻れなかった。(199頁)」

 「ヴォルフラムでは前述したように、アンフォルタスは異教徒によって性器を傷つけられる。しかし『パルジファル』のリブレットではヴァーグナーはそれを脇腹の傷に変更している。だがパルジファル第一散文稿には、傷つけられる個所が性器であることをまだ暗示する次のような記述が見られる。(200頁)」

ちょっと長くなるので「次のような記述」の内容をかいつまめば、
 聖杯の騎士になることを望んだクリングゾルは「祈りと改悛によって完全には克服できなかった己の中の性的欲望を抹殺するために、自己去勢した」(←ああ、イタそ~)。
 だが聖杯の騎士となる彼の望みは先の聖杯王ティトゥレルによって拒絶「それは禁欲と純潔は魂の内奥から生じるものであって、去勢によって強要されるものではないという理由からである」。
 クリングゾルはクンドリを用いてアムフォルタスを誘惑、見事同じ屈辱を、ティトゥレルの息子に味わわせることに成功する。つまり、報復ね。

 「「おそらく舞台での上演を考慮して、ヴァーグナーは傷の真の個所、すなわち恥部を指し示すことをしなかった」とディートマール・ホラントが述べているように、ヴァーグナーが傷の個所を恥部から脇腹へ変更したのは、「十九世紀の取り澄ました姿勢」すなわち近代市民の社会における性的なものを忌避する規範への配慮によると考えられる。しかし例え傷の場所が移動されようと、その傷が本来指し示す意味までも隠蔽することはできない。アムフォルタスの不治の傷は、性的な傷、欲望の傷であり、女性の誘惑に屈した聖杯王の身体に刻まれた堕落と腐敗のしるしである。
 (中略)
 アムフォルタスの傷は言うまでもなくキリストの傷とも重なり合ってくる。しかも十字架上のキリストもアムフォルタスも、同じ槍で傷を負っている。だがそれら二つの傷が持つ意味はまったく異なっているように見える。
 (中略)
 アムフォルタスは倒錯したキリストである。(200,201頁)」


 「パルジファル」は専門外(笑)なので、自分の考えをまとめるまでには至りませぬが、ひょっとして作曲されたのが今なら、ワーグナーはアムフォルタスの「性器」を傷つけちゃうかもしれませんね。


ちなみにこんな本です(↓)。興味がございましたらご参考までに。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4886297226/qid%3D1124733767/250-7470695-2120222


引用お終い


リチャード・キャヴェンディッシュの本にも、アムフォルタスは両膝(の間)を傷つけられたという記述があると書いてあります。

アムフォルタスは去勢されてしまったから、聖杯王としての役目を果たせないのだ、ということでもあるようです。


と言うわけで続く。(短くセンテンスを分けないと読み辛いでしょうから)