わたしのプロフィール
続編です。
【音楽に自分の居場所をみつける編】
中学時代はソフトテニス部でした。軟式テニス。
ペアを組んでた友だちと試合後に撮ったもの。
スコート懐かしい…(このスカートのことスコートって呼んでました)
髪型に時代を感じるね…^ ^
中学の頃から家では
親に対して、同居の伯母に対しても反抗期。
いい子の自分と
反発する悪い子の自分が
ときどき暴れだす。
「無邪気な素の自分をだす」っていうのが出来なくなっちゃったんだよね
とくに先生の前では
親に学校ではちゃんとしなさいと言われたのかもしれない。うん、親の呪いのことば。
担任の先生とまるで友達みたいに話したり、遊んだりしてる親友を見て
「何であんな風にできるのかな?」
って不思議に思っていたのを覚えてる。
家では
母と伯母とおばあちゃんの
3人から
いつも見張られているようで…
なんやかんやと言われる、目を光らせてる
窮屈に感じてた。
母親が3人いるみたいな感じ
家ではホッとして安心できる場所がない…
家族みんなで大笑いしあって、和む、
…みたいなのとは無縁な真面目な家族でした
(結婚してから夫に「君の実家は会社みたいだね。よくあの家庭でグレなかったね…って言われました( ´∀`)
そういえば、うちの母は
わたしのこと
「ともこさん」って呼ぶんだよね。
小さな頃はともちゃんだったのにいつの頃から…
家に遊びにきた友だちがそれを聞いてビックリ( ・∇・)してた。
「家の中で敬語使うの?」って。
自分の家の普通って
自分では気づかないから
その頃から「あれ?」って違和感感じていましたね…
中学生くらいからラジオを聴きはじめ
学校サボって
ライブに行き始めて。
でも成績は落ちないように、ライブ行くことを絶対に禁止されないように
めっちゃ頑張って勉強してた。
(今思うと、なぜ母親がライブに行くことを許してくれたのかは…分からない。ほんと謎。だけどありがとう。笑
ライブ行ってなかったら、音楽との出会いがなかったら今のわたしはないなぁ)
No music .No Life なのです♪♪
表向きは勉強のできる優等生。
だけどライブに行くときはオシャレして
…背伸びして…
優等生じゃない自分になってた
年上の友だちもできたし
メイクもお酒も覚えた。
地方にも友だちが増えていって
大好きになったアーティストのコンサートに中2の時に行ってね
「神奈川県民ホール」は思い出の場所。
たまたま隣に座った女の子が同じ歳で意気投合
その日から仲良しに。
(今でも彼女はわたしの大切な親友です♡)
昨年はぢんさんの講演会にも一緒に行きました
顔出しできないのが残念なほど美人さん♡
ライブに行きたいからバイトもいっぱいしたし、
好きなアーティストの影響を受けて
その好きなアーティストを聴くようになったり
高校では軽音楽部でギター弾いて歌ってみたり。
結婚してからは
子育て期間で子どもたちに手がかかる時はしばらくお休みしていたけど(10年間ほど)
それ以外はずっと
ライブに行くことがわたしの楽しみのひとつ。
ずっと音楽はそこにあって
辛いときや逃げたい時に
行ける大切な場所。
そのアーティストの表現する世界にどっぷりと浸かって、明日からまた頑張ろう!
って思える。
表現って正解はないし、
多種多様な中から
自分の感覚に合うものを見つけて
それがピタッと合ったなら最高に気持ちいいし
いろんな世界を見せてもらえる。
コロナの影響で
今までのようにライブは公演することが可能ではなくなっていくのかな…
これからどうなるんだろう…
マスクしながらのライブ??
今までできたことはできなくなるかもしれないけれど、
今までできなかったことは出来るようになるのかもしれないし。
次は
【大学〜就職まで】を書いてみようかと思います。
推薦で入った大学、まわりの子たちとの違いに戸惑って、そして…あぁ就職氷河期。
パートナーシップカンウセラー
ともぴ