SSS通信 in Blog -78ページ目

ダーイ

今日は沢山飲みました。

うえ~ゲロゲロ。

ダメジャー!!(悟空伝説)

チラシ配り論

私の母親は街角でチラシを配る人のチラシを、必ず受け取ってやるようにしているという。
曰く、色々と話を聞いて非常に大変な仕事であるという事を知り、ねぎらいの気持ちで受け取っているそうだ。

いつからそんなに偉くなったのだろうか…いやいや、さすが我が母親。殊勝な心がけと行動ではなかろうか。




そんなエライ母親の息子である私は、このチラシ配りに対しては基本冷たい。


まず、チラシ配りとは目は絶対に合わせない

相手がマニュアル通りに、こちらの目線から大きなカーブを描きつつ手元へとチラシをもってこようが、目線を動かさない

「こんにちわ」などと声かけで不意を突いてくる卑怯なチラシ配りに動じてしまっても、次の瞬間には相手の気配を全く感じなくする必殺技を使用する。
これはパチスロのノーマルAや糞台のウンコハマリを乗り越えられる精神力と、歓楽街でポン引きを毎日相手にしていることで培われた必殺技なので、一般人には少しコツがいるだろう。

それでもチラシ配りが手を引っ込めないようなら、目線も歩くスピードもそのままに、
相手がいない存在としてその手に体当たりだ。


外道と思うことなかれ。
私は自他共に認める慈悲深き人間なのである。

私だってこういう行動をとる相手は選んでいる。
居酒屋や一般販売業、パチンコ屋さんなど、多くの普通のサービス業のチラシ配りには、頭を軽く下げて要りませんの意思表示をしているのだ。

問題は嫌に奇麗なコンパニオン風のチラシ配りや、秋葉原などに生息するフリンフリンの服をきた変わった喫茶店へご案内的なねーちゃんたちのチラシ配り。
こういう人たちだけに上記の行動を適用する。


外道と思う事なかれ。
これは自他共に認める慈悲深き行動なのである。



せっかく都会にいるのに、
若さと言う武器があるのに、
そんなハスっぽい仕事に身を包んでないで、
さっさとまともな仕事を探しなさい。

という、私からの愛のあるメッセージなのだ。

あえて不快感や、チラシ配りと言う仕事は怖いという恐怖感、無視されるという無力感を潜在意識でうえつけてやる事により、

チラシ配りに嫌気

私の人生はこんなハズじゃない。まともな仕事を探さなくては

堅気の仕事について、社会に貢献しているという充実感

過去を思い出し、頭の悪い恰好でチラシを配るような仕事がのさばる自分の国をなんとかしなくては

政治に関心を持つようになり、選挙に投票に行く

日本は平和になった。

と、なることを見越した行動なのだ。
ブホホホ、ユウ殿は策士でございまするなぁ!
やんややんや。





ちなみに、チラシではなくティッシュを配っている場合はいかなる条件であろうとも、お受けいたします。
おかげさまで、全然箱ティッシュを買わなくていい日々が続いております。
慈悲深きかな日本。ありがたやありがたや。

3:42

会社の後輩から広い歩道で子供に後ろから自転車で体当たりを食らったという話を聞いた。

相手がゴルゴなら即座に射殺されているレベルであるが、相手は会社の後輩であり、
ヒットマンは199X年に核の炎に包まれた世紀末の「スペードがー!」な人達ではなく(分かりにくい例えでごめんなさい)、子供。

ごめんなさいをすれば許してあげるのが良い大人の見本と貫禄というものであろう。

が、子供は「いてぇ~」とだけ言い残し、その場を離れたそうだ。
兄も近くに居たそうだが、ぶつけられた後輩ではなく、ぶつけた弟に対し「大丈夫か?」とねぎらう始末。


これは温暖化と並行して人類世紀末化が進んでいるのだろうか。

いや、子供はいつの時代も無知なもの。
即座に叱って間違いを正してやれなかった後輩を責めるべきなのか。

とりあえず、核の炎に包まれないとかないといけないのだろうか。


最近の子供と言うと、ポケモンゲットだぎゃーといいながらスーパーボールを投げ、
名作アニメのゼータガンダムの事を「ゼットガンダム」と話していると7年前くらいに聞いたなぁとかいう事を考えながら、
カウンタータイプの牛丼屋でも、「ごちそうさま」と言って店を出る律儀な僕でした。

最近ああいうチェーンの定食屋で言う人って殆どいないから、
毎回心が折れそうなくらいに恥ずかしい気持ちになるんだよネ。

そんな僕は、そんなお店で飯を食う時に、行儀悪く携帯を見ながら食ってます。
やっぱり大人が悪いな、これは。