なんだよコレ(最後まで書き終わった時の自己感想) | SSS通信 in Blog

なんだよコレ(最後まで書き終わった時の自己感想)

既に他界しているが、育て親である祖母は、とてもやさしい人だった。

そして、自分の主張が無く、周りに流されやすい人だった。


生前、唯一の主張と思しき事といえば、当時「だっちゅーの」の台詞で人気を博していたお色気芸人のパイレーツがTVで映っていた時に、「あんなんのどこが可愛いの?」と、気を吐いていた事だ。

その時は、おばあさんおばあさん、イキナリ何をいっているんだい? (育て親であり、既に亡くなられた方なので、控えめな表現にさせて頂いておりますが、本当は何言うとんじゃこのクソバry気が触ry)と思っていたが、その後掃除の際に棚の奥底から出てきた数枚の白黒写真を見て「!?」と、とてつもない衝撃を受けたのだ。

祖母は若かりし頃、美人だったのである。

たった一度しか見た事がないものの為、写真がどういうものだったかを覚えてはいないのであるが、「これならパイレーツに文句も言うわ」とその時の漏らした感想は覚えている。

なんだかんだで身内では有名な事らしく、最近も叔母さんの娘が「島根のおばーちゃんの写真をみせてー」と叔母にせがんでいた所をみると、叔母が子供に時々漏らしているのだろう。祖母の若かりし頃の写真の破壊力は半端ないものだったという事がうかがい知れる。

祖母は自分の容姿にかなり自信をもっていたようだ。いいなー。きっともてたんだろーなー。でも、じいさんとはお見合い結婚だったみたいだが。


で、別に婆さんが美人だったというグランドマザーコンプレックスな話がしたかったわけではない。

最初の説明で言ったように、自己主張がほとんど無い祖母が私に珍しく道を示した事がある。

「カメラマンになればいい」


正直意味が分からなかった。普段から昔はどこも大変で、身を粉にして真面目に働く事が美徳的な話を押しつけてきていた祖母が放ったこの言葉。

自分の絵をみてもイメージ能力は壊滅的なのは確定的に明らか。当時ぷろぐらまぁになって金もーけしてーと舐めた事を思ってはいたが、まさか祖母にカメラマンになれと言われるとは。衝撃だった。

だが、今。

カメラマンではないが、一部販促などの為に商品をキレーに撮影する仕事を任されていたりする自分がいる。

臨んでなったわけではなく、結果としてこうなっているという事実が、何やら死んだ婆さんがにいつまでも地に足つかぬ孫を不憫に思って仕事を振ってくれているような気さえする。…ような妄想だか運命的なものだかを感じる事ができる。


うーむ、深浅い。


そんな祖母が生前好きだった武将が「山中鹿之助」。ゲリラ的な活躍がほんのり語り継がれている戦国武将。

「我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったという逸話が残る。

そして今、私に七難八苦らしきものが降りかかってきている。

「無能な貴様に申請と言うものを教えてやろう」
「覚えられなかったら貴様はクビだ。巣(田舎)へ帰るがよろしかろう」
「チャンスと思うと同時に墓場に足がつかっている状態だと自覚しろ」
「駄目だ駄目だ! こんなもんでは糞が出る屁が出るへそごまが出る!」
「赤子からやり直せ!」
「外国人の方が幾分かマシだったな…」
「こんな常識もわからんのかクソがぁーーーっ!」

というような気持ちの玉の直撃をここのところ毎日頂いております。

これも勉強を怠り、己を磨くことをしなかったツケでございます。えんえん。

タスケテクダサイタスケテクダサイ。でも誰もたすけてはくれません。

これもスロにかまけて人の輪を広げようとしなかったツケでございます。わんわん。

涙で枕をぬらす日々が4日続き、1日目に出来た口内炎は4日目にはかなり膨張して、松屋のカルビ焼肉定食(現在フェア中)を食べる事もなかなかままなりません。

七難八苦イリマセン。オカネクダサイ。カネカネ。キンコキンコ。

ヴァーン。