手術といっても、ほぼ1泊2日程度の入院でした。
20代の頃から不整脈があって、今までずっと自覚症状は無かったんです。
ところが、年々脈の途切れる回数が増えてきてしまい、昨年の8月頃は4回に1回は脈が飛んでいた状況。
それでも自覚症状は全くなく(鈍感なのか?汗)、息苦しさも感じなかったんですが、医師から「このままだといつか心臓に大きな負担が来るかもしれないよ」などと言われたのがキッカケで、治療することとしたんです。
不整脈の治療 ⇒ アブレーション
足の付け根からカテーテルを挿入し、心臓の中で異常を侵している場所を電気で焼く、といった治療法でしたっけ?
異常な電気回路を焼却して、正常に戻す(・・・のようなニュアンスで話されていたような気がします)らしいです。
【入院前まで】
入院(手術当日)までは数回にわたり検査が行われました。
血液検査、エコー検査、尿検査、ポルター心電図など。
その様々な検査の中でも『運動をしている時の脈の状況を調べる』といった内容の検査があって、それはルームランナーの上を歩きながら心電図を測定するといったものでした。
「当日は運動靴やジャージで来てくださいね」といわれていたので、ジムに行く用意で通院。
当日受付を済ますと、なんだか隔離されたような部屋に通され(周囲に誰もいないような空間だった・苦笑)、部屋に入ると技師が2名いて「お待ちしておりました」と怪しげな雰囲気でご挨拶。
少し怯えたものの、検査の説明を受け準備をしました。
注意事項としては、
「ルームランナーの上は、走らずに歩いてくださいね」
「でも、どんどんスピードは早くなるし角度も高くなるからね、でも走っちゃだめよ」
(えぇ、早歩き、ってことなら平気よ)
と余裕な気持ちでしたが、上半身裸に心電図をつけられ、少し恥ずかしい気分で測定が開始されました。
最初は、(ジムと変わらないから余裕~♪1時間はイケちゃうかも~)なんて思っていたのですが、
速度だけでなく角度もついてくるとあっという間に汗がダクダクと。
「すみません、もう堪忍してください(泣)」と、
1時間歩くつもりが、たったの15分でダウンしました(苦笑)
運動しているときは脈が速くなるんですが、そのときは不整脈はあまり見られなかったようです。
けれど、落ち着いてくると少しずつ不整脈が現れるといったかたち。
技師二人が専門用語でコソコソと話していたのが凄く気になってしまい、
「何なんですか?」
と尋ねたところ
「何でもありません」
と全く安心できない返答をもらいました(苦笑)。
【入院】
いよいよ入院。
暇つぶし道具、本、仕事用品などをバッグに詰めて、まるでこれから海外旅行に行くのではないかという勢い(笑)で病院に到着しました。
病院へついてまず最初に行ったのが「毛剃」。
これにはかなり抵抗がありました。
看護師(女性)が「剃って差し上げましょうか?」と言ってきましたが丁重にお断りさせていただきました。
毛剃が終わった後に確認してもらうと、「足(ふともも)の部分も剃ってくださいね」と言われ、再度奮闘。
朝に入院手続きを済ませたものの、手術開始は夕方からとのことで、それまではリラックスしていてくださいとのことでした。何もすることが無かったので、テレビを見たり病院の中をウロウロしたり。売店でお菓子やパンなどを多めに買ってみたりしていたら、ばったりと知り合いに遭遇(汗)。
しかもその知り合いは仕事関係の方で、前日にお会いして「明日は研修で不在になります」と告げたばかりの方。あっさりと「実は入院でした」とウソがばれてしまいました(苦笑)。
昼過ぎに医師より手術内容の最終確認が行われました。
後から知ったのですが、昼過ぎと言ってもだいぶ時間は経過しており、そのとき担当医師は食事をまだされていなかったようです。
不安を取り除こうと思ってくれていたみたいで、自分のことより私を優先してくれたようです。
本当に感謝です。
午後より水も食事も一切摂らないでくださいと言われました。
さて、いよいよ手術の時間です。
T字体(ふんどしのようなもの)をして、ほぼ裸の状態で手術室へ運ばれました。
入室前に点滴が腕の中に入り、産まれて初めて手術台へと乗りました。
「くしゃみとか絶対しないでくださいね」
・・・いや、くしゃみするなといわれても突然でちゃうからなぁ・・・と(笑)。
そんなこんな考えているうちにあっという間に手術が始まりました。
局所麻酔なので、やっていることや会話は全て聞こえるんですよね。
医師の声が聞こえる安心感もありましたが、「あれ?」「いや違うな」という声が聞こえてくると正直不安な気持ちも半分ありました(苦笑)。
麻酔をしているので、足からカテーテルが挿入されていても痛みは全くありません。
けれど、心臓を焼かれている感覚はなんとなくするんです。
焼かれている瞬間は胸がとても熱くなり、息苦しくなります。
いろんな部位を何回も何回も焼きました。
後から話を伺ったのですが、私の心臓は運動をしていたせいか筋肉がとても厚く、なかなか焼ききれなかったようです。
最後のほうでは、冷や汗が顔いっぱいになってしまい、声を出す力さえなくなってきました。
心の中で「もう限界かな」と思いはじめたころ、
先生より「なんとか大丈夫そうですよ」と声をかけていただきました。
手術台を離れる前に最終確認です。
まず、「心臓の鼓動を早くしますよ」と言われ、そんなことできるのかな、と思っていたら、あら不思議。
本当にドクドク早くなるんです。
その次に「一気に血圧を下げます。薬入れますね」と言われた瞬間。天井がずぅーーーんと遠くなり体が地面に引っ張られるような感じがしました。
「ああ、きっと死ぬときってこんな感じなのかな」
と思いながらも「生きなくちゃ、生きなくちゃ」と必至だったことを覚えています。
全て終わった後にカテーテルを抜き、止血となります。
止血の際に強力なテープなどで固定をされるわけですが、それをはがす際に毛が邪魔になるわけなんですよね。
剃っておいて良かった、といまさらながら思いました。
医師が「お、こんなに時間かかってた」とつぶやきました。
通常の方の3倍以上時間がかかっていたらしいです。
その間、一度も手をとめることなく、自分のために立ち向かってくれていたのです。
医師という仕事の尊さ、命を守る素晴らしさというものを実感しながら、医師の顔を見ると不意に自然に涙が出てきてしまいました。本当に、本当にありがとうございました。
さあ、ここからは第2ステージ。
5~6人に身体をトランスしていただき、手術台からストレッチャーへ移動。
足・腰などは一切動かしてはいけないといわれ、人形のように病室まで運ばれました。
ベッドに(トランスで)寝かされ、「絶対に動いちゃダメよ」と看護師に言われました。
この時間からが一番辛かったです。
足を動かせないと、次第に腰まで痛くなるんですヨ。
床ずれにもなっちゃうのではないか、と不安に思っていると、看護師が体位変換のため30分に一度は回ってきてくれました。
そうそう。
病室に戻ってきたのが21時頃だったんです。
実は朝から飲まず食わずでいたため、その頃はもうお腹が空いて限界でした。
昼間に売店で買ったお菓子やパンもまだ食べてはいけないと言われていたし・・・。
夕食の時間もとっくに過ぎていたので、今夜はもう諦めるしかないかな、と思っていたんですが、ちょうど食事制限が解除される頃に看護師さんが「寝ながらでも食べれるよ」と言っておにぎりを握ってきてくれたんです。
あのときのおにぎりの温かさと美味しさは今でも忘れられません。
夜中の3時頃になり、ようやく身体を動かしてもいいという許可がでました。
看護師に身体を支えられながら歩行訓練。
約10mくらい歩き、止血を確認していただいき「もう動いても大丈夫ですよ」と言われました。
でもまぁ、夜中の3時を回っていたので、もう何をするというよりも、寝ることしかできませんでしたがね(苦笑)。
翌朝、担当医師が早朝に病室まで来てくれました。
「もう大丈夫だよ」
との声をかけていただき、そのまま退院となりました。
自分で脈を図ってみても全く飛びません。
日本の医療技術って凄いと改めて感動しました。
【手術後】
ポルター心電図の検査がありました。
24時間に1~2回脈が飛んでいたそうですが、正常な方でも10回前後はあるようなので、全く問題なしと言われました。
長年悩んでいた(とはいっても自覚症状はありませんでしたが)不整脈と離れることができ、アブレーションを受けて本当に良かったと思っています。
今回の入院で多くのことを学びました。
私は普段介護の仕事をしています。
よく「医師は介護に非協力的だ」などと言っている方がいますが、そんなことはないということです。
医師は真剣に患者に向き合ってくれています。食事を摂らずに、時間を忘れてまでも患者に向き合っています。
介護者の都合だけで「非協力的」などと判断してはいけない、ということです。
医師の大変さを介護職はもっと理解する必要があると感じました。
また、看護師不足の現実。
夜中でも様々な管理業務があり、休む間もなく皆さん動いています。
自分の担当の看護師は時間外まで仕事をされており、「いつものことですから気にしないでください」と笑顔で答えてくれました。しかし、看護師だって人間、相当疲れは溜まっているのではないでしょうか。
まだまだ多くのことを学びましたが、
最後に一つ。
父への感謝のきもちです。
今回、当初は最初から最後まで一人で対応するつもりでした。
しかし、父には「入院するから」とだけ告げていたんです。
そしたら入院の朝、昼、手術前~手術後、翌朝、退院時となんと5回も訪問してくれたんです。
仕事も忙しいのに、本当に傍で付き添ってもらいました。
手術後に、心配そうな顔で待合室にいた父の顔を見たときには涙が溢れて止まりませんでした。
普段は照れくさくて、父にありがとうなどとは言えないんですが、
「心からありがとう。」
と思っています。