久し振りの更新です。

元々小まめに更新する方じゃありませんが、今回は1月一杯更新できませんでした。

時々覗いて下さる方、申し訳ありませんでした。

今回は、昨年12月26日の京都市内歩き編です。


早朝京都駅に着いて最初に目指したのは、

上京区千本通上立売上ル花車町の

釘抜き地蔵 石像寺

(ただし、市バスで)


なぜ、釘抜き地蔵へ行ったかというと理由は二つ


一つは、釘抜き地蔵のご利益にあやかるためです。

2008年は私にとって健康の上で大きな転換点でした。


睡眠障害からくる寝不足・全身のコリ

謎の左胸の痛みからわかった胆のうのイエローカード

糖尿病からきた眼底出血、その治療による視力の低下

(3週間のおまけ付き)

アルコール性の足の神経障害

昇進のためのテスト期間中にストレスから来た顔面神経麻痺

胃の機能低下、そして、肝臓・腎臓のイエローカード


重病ではないですが、病気のオンパレードでしょう?


釘抜き地蔵の「釘抜き」は「苦抜き」につながり

釘抜き以外にもご利益があるとか

これはお参りに行かないことには


二つ目は、旅館釘貫屋の場所を確認することです。

釘貫屋は大正・昭和の大女優田中絹代の定宿だった旅館です。

なお、田中絹代はカンヌ・ベネチュア・ベルリンの三冠を達成しています。

また、釘貫屋は田中絹代が戦前ただの人気女優から演技派脱皮した「浪花女」や

戦後老醜と酷評された田中絹代が「西鶴一代女」を撮影した時の宿でした。


田中絹代が上記の2本を撮ったのが今はなき松竹下鴨撮影所

2本の監督をした溝口健二の自宅が太秦

ただし、溝口健二は自宅には時々しか帰らず、

撮影所に近く、色街が最寄りにある所に住んでいました。

そこに近い有名人が静かにプライバシーを守られて泊まれる所で、

「釘貫」につながる地名というと現在の京都市内では釘抜き地蔵しか見当たりません。


そこで行ったのがここ


釘抜き地蔵 石像寺 境内


たんぼのマスターズ投擲競技-釘抜き地蔵


でも、行ってみたら、

雪は降るは、

早朝すぎて地元の方がいない・・・

情報を得られないまま、30分ほど周辺を歩き、

有名人が静かに泊まるには絶好の地域でありことだけ確認して

次の目的地祇園四条南座へ


つづく