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ゆうがのブログ

世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

修道院の中庭は、静かだった。
揺れるラベンダーとローズマリーの香りが、午後の空気に淡く滲んでいた。

薬草棚の影から、白衣姿の女性が姿を現す。
その立ち姿は柔らかくも、内に強い芯を秘めている。

雪村蓮──草として東洋の地を駆け、今は異国の修道院で「癒し手」として潜伏していた。

「ようこそ」
蓮は微笑みながら言った。「おかえりなさい、烈馬。霞も」

「変わらないな、蓮」
烈馬がそう返すと、彼女は首を小さく横に振った。

「いいえ。変わらなければ、ここでは生きられないわ」

  •  

蓮の部屋は、修道女たちの居住区の一角にあった。
窓辺に並ぶ薬瓶と、書きかけのカルテ。彼女はこの地で“治す者”として信頼を得ていた。

霞が尋ねた。「順調に潜伏できてるの?」

「ええ。ただ、最近は……患者たちの“言葉”が気になっているの」

蓮は椅子に腰を下ろし、目を伏せてから口を開いた。

「ある貴族の名が、繰り返し出てくるの。エティエンヌ・ド・フォントヴロー。
 この修道院の後援者でもある人物よ。何人もの病人が、彼の言葉に救われたと言うわ」

  •  

烈馬が眉をひそめる。

「貴族に“救いの言葉”など似合わん。お前はどう見た?」

「正直、分からない。でも、彼の周囲に“草の折り”に似た書簡の包み方をする者がいた。
それに──彼の屋敷に出入りする若い侍女が、東洋の香薬を所持していた」

霞が手帳を取り出し、すぐに記録を始めた。

「貴族の中にも、亀裂がある可能性……ここまで来て、ようやくか」

  •  

蓮の瞳に、わずかな翳りが浮かぶ。

「でもね、烈馬。希望は、毒に似ているの。
芳しい香りに誘われるけれど、それが“治す”のか、“殺す”のか、見極めは難しい」

烈馬はその言葉に短くうなずく。

「近づく。だが、警戒は緩めない」

  •  

蓮は立ち上がり、棚の奥から小さな香油壺を取り出して、烈馬に手渡した。

「これを持って。緊急時、火に投じれば煙と香が出る。
あの頃の私たちの“合図”を、まだ覚えているでしょう?」

「忘れたことはない」
烈馬の声に、わずかに感情が滲んだ。

  •  

夕暮れが、修道院の白壁を茜に染めていく。

蓮は静かに言った。

「もし、この貴族が“味方”ならば。……私も、もう一度、草として歩ける気がするの」

烈馬はその言葉を深く胸に刻み、そっと扉を閉じた。

それは、仄かに香る希望の始まりだった。
しかし、その香りの正体が“癒し”か“罠”かは、まだ誰にも分からない。


▶『裏天正記』ヨーロッパ編 第9話「薫る毒、語られる希望」をカクヨムで読む。

📖第九章 考察:「薫る毒、語られる希望」──“希望”は毒にもなりうる

1. 希望という名の“香り”

第九章は、フランス編の導入であり、草にとっての“打開の兆し”が語られた章です。
雪村蓮という人物が、癒しと知の象徴として登場し、希望を語ります。

しかしこの希望には終始、“香るような危うさ”が漂っています。
それは蓮自身が語るように、「希望とは毒に似ている」からです。

2. 女草・蓮の視点が描く、内部のひずみ

蓮は戦う草ではなく、“人の内側に潜伏する草”。
その立場から、貴族社会に亀裂が入りつつある兆候を見出します。
この視点は、情報や暴力では気づけない“内部からの崩壊”の予感を物語にもたらします。

3. 沈黙からの一歩──しかしそれは罠かもしれない

第九章は、ようやく見えた光のように見えて、
実は次章の罠への布石であるという意味で非常に技巧的です。