□中世261.能狂言(大和猿楽四座(しざ)) ◇C
[ゴロ]今後のコンパは/完全保証
(金剛(こんごう)座・金春(こんぱる)座)(観世(かんぜ)座・宝生(ほうしょう)座)
[句意]今後開くコンパにはメンバーが気に入るような人を連れてくることを完全保証すると約束した、という句。コンパを開いたところ、来たのは性格や態度がブサイクな人ばかりだったので、幹事が名誉回復とばかりに弁解しているところ。コンパ(死語?)は合コン(合同コンパ)のこと。
[ポイント]
1.大和猿楽四座は、金剛座・金春座・観世座・宝生座。
[解説]
1.散楽(さんがく)(奈良時代に唐から伝来した曲芸・奇術・物まね)が発展し、平安時代に神楽の余興(よきょう)として宮中にはいった貴族芸能が猿楽。
2.一方、田植え作業の調子をとる農耕音楽に始まる田植神事が発展し、農村を離れ貴族に流行し、しだいに芸能化されたものに田楽がある。
3.この猿楽と田楽が、融合したものが猿楽能(能・能楽)。すでに鎌倉時代から田楽および猿楽を職業とする専門集団(座)が現れ、各地の神社などに隷属して興行するようになっていた。なかでも興福寺を本所とした観世・宝生・金春・金剛座の四座を大和猿楽四座という。
4.金春座は、前身は円満井座(えんまいざ)。四座中最も古く、室町期に金春竹禅が中興し、金春流を名乗る。
5.観世座のもとの名は結崎座(ゆうざきざ)。観阿弥・世阿弥がでた。
〈2013青山学院・文:「
E.室町時代に入ると各地の祭礼や市の広場で田楽や猿楽がさかんに演じられるようになり、民衆の圧倒的な支持により新しい芸能として成長するとともに、[ g ]座の観阿弥・世阿弥父子によって芸術性ゆたかな猿楽(能)へと高められた。観阿弥から舞の教育を受けて育った世阿弥は、佐々木導誉や二条良基らの指導も受け、将軍足利[ h ]の庇護のもとで才能をのばすとともに、『風姿花伝』を著してその後の能の発展に寄与した。
問12.空欄[ g ]に入るもっとも適切な語句を、次の選択肢の中から選びマークしなさい。
1結崎 2外山 3坂戸 4円満井
問13.空欄[ h ]に入るもっとも適切な語句を、次の選択肢の中から選びマークしなさい。
1尊氏 2義満 3義政 4義教」
(答:g1、h2 ※宝生座はもとの名を外山座(どびざ)、おなじく金剛座は坂戸座(さかどざ))〉
〈2013明治大学・商:「
また能も北山文化を代表する芸能であった。能は猿楽や田楽などを集大成し、発達していった。このころ寺社の保護を受けて、能は各地で興行されるようになった。なかでも興福寺を本所とした観世・宝生・[ う ]・金剛の座は大和猿楽四座といわれる。そのうち観世座を率いた観阿弥・世阿弥の父子は、義満の保護を受け、芸術性の高い猿楽能を完成させた。」
(答:う金春)〉