腹の奥底からのものとしか想えない、深い吐息を、モニカから吹き掛けられた。一瞬ではあったが、その美顔に快楽の縦皺が寄せられたのも、私は見た。股が燃え盛った。悦びが急上昇をはじめた。

〝あのっ.出そうですっ〟

 職業的とも思える冷静さで、モニカは、男の袋を撫でていた手を停止させた。それを脇へと飛ばした。紙コップを摘ませると、私の角の前で待機させた。もう一方の手を、角の先のほうにある段差のあたりで、激しく前後させだした。カラッという、乾いた音が起った。甚だしい恍惚感により、私はモニカの胸の二つから両手を落下させた。そのことによる反動であったのかは、わからない。腰を突き出してもいた。目が眩んだ。カラカラという音に、下方で笑われ続けていることだけが、耳にとらえられた。いつになく大量に放出しているのだった。

 一切の刺激が消え去っていた。

〝ほら.こいつで拭いときな〟

 目が機能を回復すると、フェイが見えた。その手からは、指紋を採られたあとに渡されたものが、束で突き出されていた。

〝あんたのまたぐら,油でねとねとになってるんだ.次の検査もあるんだから,さっさとやっとくれよ.じきにモニカのほうも,パイオツの始末を終るだろうからね〟

 お手拭きは十本ぐらいあった。そのうちの半分ほどを使い、私は自分の下を処理した。

〝好かったろうが? ええ? なかなか出なかったからか,たっぷりと出たんだし.感想を聞かしてもらいたいね,サック〟

 上半身を整えたモニカに、そう言われた。吐息や表情が演技ででもあったかのように、さばさばしている。自分で自分に酔っていたのが思われ、私はにわかに恥ずかしくなった。彼女の顔を見ていることに、苦痛を覚えた。

〝さっぱりしたろ? どうなんだい?〟

〝ええ,メチャクチャ気持よかったです.それに,とってもステキな胸でした〟

〝聞いたかいフェイ? かわいいとこあるじゃないさ,こいつ.ええ?〟

 自慢げである。そのことで、私の前にある醜い顔が、さらに醜くなった。

〝このクソおべっか野郎.次の検査はあたしがやるんだ.あたしゃあモニカみたいには,甘かあないんだからね.覚悟しときな〟

 胡坐あぐらばなを寄せられ、そうささやかれた。返さずにおくと、つけこまれる気がした。

〝さっきも伺いましたけど,まだ何か検査があるんですか?〟

 私がそう述べたとき、黒い中年女たちは顔を見合わせていた。しばらくは、二人がまばたきするのさえ、認められなかった。険悪な雰囲気が、私の許にまで届けられた。

〝まあさ.規則だからね.あたしもちゃんと手伝うよ〟

 モニカから口を開いた。そう言われてもなお、もう一方は表情を崩さなかった。感情的になると上下関係を忘れてしまうのが、アメリカ人というものらしい。会社でも見慣れている光景である。仲裁に入らねばいけないと、私は思った。

〝規則なんですよね? 僕ならもう大丈夫ですから,なるべく早くお願いします〟

〝よく言ったな,サックズウ.苦あれば楽あり.そのことわざ,あんた知ってるかい?〟

 言ってから、にたりと、フェイは笑った。知っているとだけ、私は答えた。

〝前の検査は,どっちだったかねえ? 過程じゃなくって,結果のことさ.‥‥まあいいや.とっととやっちまうとするか.こいつのチンポが半立ちになってるうちのほうが,こっちは楽できるんだし〟

〝ヘヘ.あたしらは,苦はゴメンだもんな〟

 二人の仲は回復したようである。そちらに、私は気を取られていた。視界からモニカが消えており、ハッとなった。うしろに回られていた。顔だけを振り向けた。

〝フェイが言ったとおりで,楽あれば苦あり,なんだよ.今度のはちいとばっか痛いかもしんないけど,あたしがうしろで抱き締めててやるから,我慢すんだよ.あんたがチンポからよだれ垂らしたパイオツを,背中にぐいぐい押しつけてやるからさ.ヘヘ〟

〝痛いですってっ? 何のための検査なんですかっ? 何をどうするんですかっ?〟

〝エイズって病気,あんたも知ってんだろ? 新しい性病じゃあないけど,そいつには治療法がないんだよ.進行を食い止める薬が,あるだけなのさ.まあ,患ったら,長生きするのは無理だろうね.さっきあんたが出した精液だけだと,あんたが病気もちかどうかが,わかんない場合もあんのさ〟

 そこで、男の芯を掴まれた。私は慌てて顔を前に戻した。しゃがんでいるフェイが見えた。その右手からは、輝きのある線が、伸びている。見覚えのあるものだったが、それの名称は浮かんでこなかった。私は速い瞬きを繰り返した。理科室、化学の授業。そういった場景が、頭のなかに写し出された。ビーカーや試験管が、大写しになった。そのなかで、それが旋回していた。ガラス棒、なのである。

〝ちょっと待ってくださいよっ.そんな棒で何するつもりなんですかあっ〟

 そう叫びつつも、私は漠と、自分が何をされようとしているのかが、わかっているようであった。フェイが上目で睨んできた。

〝いちいちうっせえんだよっ.おめえ男だろ? 我慢しろよ.脚をバタバタさせたりすると,この棒が折れちまうんだ.そうなったらどんな面倒なことになんのかは,おめえだってわかんだろ? 手術して治ればいいけど,ヘタすると一生おっ立たなくなるかもしんないんだよ〟

 背中が温かくなった。かと思うと、むっちりとした力で、上体の外周を拘束された。モニカがうしろから抱きついてきていた。

〝すぐ終んだからさ.気を楽にすんだよ〟

 右耳にそう吹きかけられた。

〝まさかその,ガラスの棒を〟

 それへの回答は、前から生まれてきた。

〝そうさ.あんたのチンポの穴に捻じ込むんだよ〟

 自分の持ちものである。私は、男の芯にある口の幅なら、ほぼ把握している。他方、眼下のガラス棒には、角がない。その直径は、三ミリとはないようである。咥えさせられる程度なら、軽い痛みで済むようにも思える。しかし、尿道にまで及ばされるのであれば、話は違ってくる。学生時代に図解で見たこともあるが、頭部のほうの口中に同じく、咽喉のような関門がある。そこから先は、ぐっと内径が狭くなっている。尿管ともいうぐらいで、くだなのだ。ここでもフェイは「スクリュウ」という言葉を用いた。それによれば、奥深くにまで突き入れられる恐れが、濃厚である。グリグリと、ガラス棒の回転させられる音までが、私の頭には聞えてきた。

〝わっわあっ.ちょっと待ってくださいっ.麻酔してくださいっ〟

〝うっせえんだよっ.ここは病院じゃねえんだよっ〟

〝落ち着きなってサック.フェイ,ちょっと待ってやんなよ〟

 その言葉とは裏腹に、モニカは私の上膊にかけていた力をゆるめた。

〝まず目をつぶるんだよ,サック.そいでもって,腰を少し落して,膝を曲げて踏んばる.やってみ.‥‥そうそう.したら,両手をうしろに回して,あたしの太もものうしろをつかむ.‥‥そうさ.どうだい? 身も心も安定したろ?〟

 背後の柔らかさが、刻々と安心感を育んでいる。大きな温もりもある。女の匂いもしている。男らしくあらねば済まないような気に、私はさせられた。モニカに礼を言った。

〝ハハ.耳がくすぐったいじゃないか.それはともかく.さっきフェイも言ってたけど,動いたらヤバイことになんだよ.十秒ぐらいのことなんだから,辛抱しな.いいね?〟

 私は頷く言葉を返した。酔いもまだ残っている。そのせいで、男の液を噴射することにも時間がかかったにちがいないのだ。為されることを観ていなければ、耐えられるのではないか。十秒ほどとも、言われている。勝手なことを頭に思い描いているうちにも、終ってしまうのではなかろうか。そんなことを考えながら、私はうしろ手でモニカを抱き締めた。奥歯を噛んだ。

 柔らかな肉の感触と化粧の匂いにより、私の頭は、女と合体する映像を選んだ。ただ、その相手は、記憶にある存在ではなかった。強すぎる体臭が、既知の女であることを拒ませていた。しかし、実際のにおいの出元になっている女でもなかった。まぐわいたい女。まださほど手垢にまみれていなさそうな、豊満な白人女が、脳内には見えているのだった。全裸で、私を迎え入れようとしている。

 男の芯を握り込んでいる力が、やや緩められた。直後に、固いものが、差し込まれた。

 頭のなかにいる私は、男の芯の先端だけを、白人女の実に納めたところである。女はつらそうな表情をしている。その顔には、あどけなさが残っている。十代らしい。あるいは処女なのではないか。自分が開拓者になれるのではないか。そんな慶びを殺し、さも面倒くさそうに、私は腰を沈めていく。

 固いものが、ある境を越えた。とんでもない痛みが、沸き起った。頭のなかにいる白人女が、口を大きく開けているのが観えた。

「おかあさんっ」

 私が日本語でそう叫んだ声と、頭のなかの白人女が英語でそう喚いた声とが、重なって聞えた。二ヶ国語同時放送のようであった。白人女が私にしがみついてきている。そちらは、皮膚にも感じられる確たるものである。圧力を認めるやで、白人女が闇に呑み込まれた。その暗黒が、チョコレート色に褪せていく。私をうしろから押えつけているモニカの映像しか、頭には観えなくなった。

〝動くんじゃないよサックッ.チンポんなかが太陽みたく熱くなってたってっ〟

 モニカは、私の叫んだ日本語を、文法の狂った英語だと解釈したらしい。そう考えてしまったことで、私は完璧に現実へと引き戻されてしまった。