「無論のこと、コンダーラとは無縁でございます。あたくしは、新開さまのようなご購読者さまが、あたくしの専売所の支店から何年もの長きにわたり、新聞をお取りくだすっていること。あたくしの配下にある、素行不良な従業員のことさえ、信用してくだすっていること。その愚か者に対して、旭日の名をもってのことではありましょうが、後先あとさきお考えになることなく、お大事なご金員を貸してやってくだすったこと。そのうえにも、その愚か者を庇護してやってくだすっていること。……猛烈に感動しなかったら……あたくしは……あたくしは。……んん」

 佐々木所長はしゃくりあげていた。睨んだとおりなのであった。

(竹森のみならず、志村も古川も、そしてこの佐々木という男も。旭日新聞の国別寺市専売所は、バカどもの巣窟そうくつなんじゃなかろうか? それなのに、破綻しかけてる竹森は別としても、こいつらはみんな自活できてるんだ。しかもバリバリの、所得税の納付者なんだ。このバカどもの収めてる年貢ねんぐで、オレは食わせてもらってるようなもんなんだ。どうして日本ていう国は保証人社会なんだよっ 保証人さえいればオレだって働けなくはないっていうのにっ。新聞配達だってやろうと思えばやれるはずなのにっ。ええいくそっ。もう死んでもいいっ。藤原織香を若くした女を押し倒してヤリまくりてえっ)

 耳から現実に引き戻された。

「あ、失礼。ちゃんと聞いてますよ」

「呆れられてたんでしょ? 開いたお口がふさがらなかったんでしょ?」

「いえいえいえ」

「年甲斐もなく泣いてしまったりして、申し訳ございません。どうかあたくしをおゆるしくださいまし」

 掛合い漫才をする気などさらさらない。

「で、所長さん。現実的な話をさせていただきますけど、あさっての夜なんかは、ご都合いかがですか?」

 手帳を取ってくると言い置き、佐々木所長は物音のプールへと飛び込んだ。

「午後8時ごろでも、およろしいでしょうか?」

「結構です。でもそれまでに竹森さんとのお話合いは、ちゃんとお済みになっていますか? そうでないんなら、ちょっとぼくは」

「無論のこと、おカネだけではなく、その話合いの結論も、お持ちする予定でおります」

 そうであるのなら、もう話すことなどない。切りあげにかかることにした。

「くどいようですけど所長さん。竹森さんにはくれぐれも、おやさしくお願いしますよ。ぼくが思うにも、今回の件は、どうやら竹森さんだけのせいでは、ない気がするもんですから。古川さんのことはわかりませんが、志村さんは頭のいいかたです。ぼくは1度、志村さんとは電話で、アルバイトのひとのことで大ゲンカしてるんで、よおくわかるんです。所長さんだって、才気ある志村さんだからこそ、暖簾のれんわけみたいなこと、なさったわけでしょ?」

「んまあ……。でも……。実は志村は。あたくしの大学の後輩であるとともに、あたくしの女房にょうぼの、末弟でもあるんでございます。新開さまがおっしゃるとおりで、あたくしなんかよりもよっぽどキレる男なんでございます。かあいがるのも人情と、ご理解たまわれれば幸甚でございます」

 新聞配達の業界までもが「保証人社会」だというわけである。不愉快きわまりなかった。受け答えに応じてやる気になどなれない。次の1句では同人の来訪の日時を確認した。その次では別辞を述べた。有無を言わせず、通話を終えてやった。

 2DKの、ダイニングルームを含めた3つの6畳間には、賃貸人側に命じ、そのすべてに新品のエアコンを設置させてある。

 大家でもある不動産会社が破格な家賃を提示していたため、「ケースワーカー」を自称する青年、市役所・生活福祉課の1職員にすぎぬ者、丸田まるたけんすけが、尋ねにいった。行政側からじかに月々の家賃を会社の銀行口座へ振り込んでもらえるのであれば「保証人がいない、稼ぎのない軽度の精神病者」に対してであろうと貸してやっても構わない、と回答したという。それまでに住んでいた隣町の賃貸住宅、府内市から移ったアパート、喜多2丁目の2DKよりも、トイレに至るまで広い。そのうえにも、収納スペースが倍ちかく設けられている。具体的には、1畳×180センチの室内倉庫が玄関脇に1カ所、同規模の押入れが6畳間ごとに3ヵ所、もある。にもかかわらず、家賃は1万5千円も安くなる――そう丸田から紹介され、転居を考えた。

 その当時、約2年前に下見に訪れた際、すぐにピンと来た。築後32年であるというのにもかかわらず、この賃貸物件の内装が不自然に新しかったからだ。窓やガラス戸や玄関ドアにこそ、相応な経年劣化が認められはした。しかるに、建物内の壁という壁には、どこか生々しい、しかも純白の、吹付ふきつけが施されているのだった。建物内を仕切ったり押入れを分離したりしているべニヤ合板の引き戸、室内倉庫やトイレの口を塞いでいるべニヤ合板のドア、さらにはキッチン周りの一切が、明らかに新品とわかるものらで整えられていた。ご丁寧なことにも、「消毒済」と印刷された紙テープが、洋式便器には巻きつけられ、和式浴槽には渡されていた。怪しいと思わないほうがおかしい。長屋の住人ら以外へ聴いて回ったことにより、真相が掴めた。いわゆる「事故物件」なのであった。新築のときから独居していた、入居時点ですでに六十年配だった男が、約一年前に、死後二ヵ月の状態で発見されたというのである。

 結果、行政が絡んでいたことが幸いした。市役所からの紹介だったのに並々ならぬ詐欺被害に遭わされかけたと、福祉事務所長を兼ねる生活福祉課長、小平こだいら竜司りゅうじに訴えた。重要事項を隠蔽いんぺいして居住させようとしたのだからそちらでも相応のことをすべきだと、大家を兼ねる不動産会社に迫った。人権蹂躙じゅうりんだと、政権与党の市会議員たちや、日頃から偉ぶっている市役所の管理職らにまで喚きちらした。そういった「積極策」に出たことで、住環境を向上させることに成功したわけなのだ。下見段階での当該居室には、1基のエアコンも設置されていなかったのである。

 一般的な家屋であれば、廊下や階段には、エアコンは効いていないのが普通であろう。そのことは、当該居室においても変わりがない。では、暑い盛りにはどうするのか。窓がある場所であれば、それを、可能なかぎりに開けておく。

 ところで、である。朝に起きる必要のない生活保護受給者の暮しのことで、就寝時刻は、午前三時から五時のあいだが常となっている。正午ちかくに起床する。1日2食を苦もなしに実践するのには、それで都合がいいからだ。2階の1室、「隠し金庫」もある南向きの6畳間で、大半の時間を過ごすことにしている。電気代を節約するためである。その部屋から水場、トイレや浴室や台所へ行くにあたっては、必ずや階段を下りねばならない。それの中程なかほど、方向転換をするための踊り場には、南の壁に窓が設けられている。前記の理屈によれば、雨天でもなければ、そこのガラスは開け放たれていることとなる。

 ゆえに、この夏場にも、外出中や就寝中を除いて、ずっと網戸にしていた。

 「竹森事件」翌日の午前1時。といっても、事件の発生からは5時間半ほどしか経っていないのであったが、小用を足しに階下へと歩を進めた。その時分には、南風が強められていた。ムッとさせられる熱気のなかに、無視できない臭気が、感知された。タバコの煙のニオイだ。濃厚なものである。何者かが、階段を下りきったところにある玄関、そのドアの外で、喫煙中なのを思わせるほどに、きつい。そんなはずはないとも思ったが、事実をはっきりさせるためで、階段の踊り場から、懐中電灯を取りに一旦は2階へと戻った。再びのときには玄関まで下りきり、そのドアの外にある100ワットの灯りに背後からの応援を頼んだ。下駄をつっかけて戸外に出てみた。手持ちの鋭い光線を縦横に照射させた。

 人影は認められなかった。が、悪臭は、建物内にいたときよりもよほど鼻につくものとなっている。スポットライトと同じ原理が考えられたので、懐中電灯を消してみることにした。視界が拡がった。右後方からの丸みを帯びた灯りは、空き部屋となっている隣室の前庭を、まず見せた。続いて、丸禿まるはげに近いその土地のさらに南側、当該居室の専用通路を、照らした。いや、それだけではなかった。その幅員1メートル強の赤レンガ敷きの細道の方々に、白くなった青虫のようなものらをも、浮かび上がらせていた。

おびただしい数である。ざっと数えたところでも、20以上はあった。

 目を細めるまでもなく、それらが長めのシケモク、タバコの吸殻であることが掴めた。そんなものらは、前日の夕刻、公道に面している当該長屋専用のゴミ捨て場に行き来した折には、認められなかった。

 犯人は、ただ1人をおいて考えられない。その人物に嘘をつかれていたということも、散らばっているものらの数量から断定できた。

 怒りが、瞬時のうちにも全身にみなぎった。居室内に飛び込むやで、つっかけを踏みしだいた。階段を駆け上がった直後、リダイヤル機能を使って、佐々木所長宅の固定電話を鳴らした。

「どうかなされたんですかっ? さきほど暫時ざんじお赦しいただけたんではなかったんですかっ?」

「事情が変わったんですっ。あさってまでの天気っ。所長さんはご存知ですかっ?」

「ええ存じておりますっ。あたくしの就寝時だった午前れい時ごろの発表ではっ。いずれも降水確率ゼロパーセントとのことでしたっ。でもそれがなにかっ?」

 受話器に向かって叫び合うような内容でもなかろうと、耳の奥に生まれていた痛みによって気づかされた。

「じゃあ。あさって所長さんがウチへおみえになるまで、何もかもそのまんまにしておきましょう。雨が降らないんなら、いま以上にひどいことにはならないでしょうから。ね」

「ん。はあ」

「ぼくはね所長さん。さっきあなたとお話ししてた自分が、とんでもなくおひとよしだったように思われて。馬鹿にされたみたいで。何かに殴りかかりたい衝動に駆られたほどなんです。いやいまでもなお、目のまえにサンドバッグが吊されてるんなら、渾身のパンチを浴びせ続けてるはずです。電話なんかしてないでね」

 理由を問われたので説明した。午前2時になろうとしていることを、壁時計に知らされた。

「あのブタ野郎。温厚でいらっしゃる新開さまでも、もはやあいつのことをお赦しにはなれんでしょう。いやわかります。よおおっくわかります。あたくしも昨夜、新開さまとお話させていただいたのち、あいつからの電話を受け、憤怒ふんぬを抑えるのに尋常ならざる苦悩を味わわされました。んええ。……くっそう。よりにもよって新開さまのお宅の前に。……わかりました。吸殻はすべてそのまんまにしておいてくださいまし。お訪ねした折に、手前どもで片づけさせていただきますんで。それにしてもあのブタ野郎。猪八戒ちょはっかい野郎め。どこまで調子づいてるんでしょうか」

「さあ。ね」

「くああっ。……ううっ。殴りたいっ。殴らないのが苦しいっ。今すぐあのブタ野郎のアパートへ乗り込んでぶん殴ってやりたいっ。……くっそおっ。……すいませんっ。申し訳ございませんっ。ついあのそのおっ」

 このときには、所長に大きく共感した。「証拠物件」の処置について念を押したのち、電話を切った。その時点から、一切の遠慮容赦なく、竹森のことを仇敵だと思いはじめた。

 食事の一切は、2週間ごとに「ディスカウント・スーパー」を名乗る『KОマーケット』から買い入れる品々で、やっつけている。外食ほど高くつくものはないがゆえである。保存が効く食品の昨今の発達ぶりには、ただただ感謝するばかりだ。

 その恩恵もあり、所長が当該居室へやってくるまでのほぼ2日間、玄関から郵便受けまでの1メートルほどしか、「外出」しないで済ませられた。世間は、見慣れた風景を目にしたときの反応とほとんど変わりなく、生活保護受給者のことを無能力者あつかいする。しかし、計画経済のもとでの日陰ぐらしに耐えることが「できる」という事実を、もっと評価すべきではなかろうか。何かの役には立てるように思われるのだが……