私のなかで、ステーキレストランでの決定を改めるべきだという思いが、次第にふくらみはじめた。それを決行したが最後、自分は人非人に成り下がってしまう。そんな気がしていた。他方、きっぱりと寛子と別れてしまおうとは、どうしても決めかねるのだった。くさいことさえ除けば。そういう条件付ではあるものの、私もまた、鷹揚な男たちに負けず劣らず、彼女のことを心から気に入っているのであった。

 

          五十三

 

 前夜も私は、手が股に伸びていくのを阻めず、その効果によって眠りに就いていた。五日間を通じての疲れもあったのだろう。途中で意識が戻ることもなかった。

 それを覚ましたのは、踵つきの足音、つづく大声、とどめの強烈な揺さぶりであった。

「あんた早くっ。あんたにもスカウトがかかったんだよっ。ほら早くっ。切られたらどうすんだいっ。早く出なさいってっ」

 上体だけ起した。さらなる言葉を求めた。

「だって友だちもそうだったんだろっ? 大伴商事の人事部長からなんだよっ」

 飛び起き、自室にある子機を取った。

 専務のお陰なのかどうかはわからなかったが、採用内定の連絡なのであった。

「正式な通知書は、本日これから発送いたします。ご都合もありましょうけど、どれぐらいののち、当社にお移りいただけますか?」

「最低でも二週間は、引き留められるものかと思われます。推薦状を書いてくださった課長にも、ご迷惑をおかけしたくありませんし」

 とりあえずは二週間、それで収まらない場合には連絡するということで、了承を得た。

 通話を終えると、午前十一時半だった。何だ何だと騒ぐ母親を、私はまず制した。あとで報告するのを言い、階下に向かわせた。次に、嬉しさを殺しつつ、田村課長の自宅に電話した。細君が出てきたので、求人広告の切抜きのお礼から陳べた。

「いいええ。あ。ということは、合格なさったんですね大伴商事に。それはたいへん」

 止める間も与えられなかった。すぐに課長が出てきた。我がことのように喜んでくれた。

「そうだ。……うん、いまそう言うよ。……うん。……女房も言ってるんだけど、これからウチに来ないか? お祝いしようぜ。な」

 夜に別口から電話が架かってくるため、この日には出かけられないことを、私は言った。

「そうかダメか。……うんうん。そうだな。……なあ遠藤君、じゃああした来ないか? そのほうが、ゆっくり準備できて助かるって、女房も言ってる」

 課長の恐妻家ぶりがひしひしと伝わってくる。礼を言いに一度は赴かねばならないと、前々から思っていた。翌日には予定もない。ありがたくお招きにあずかると、私は言った。話は会ってからということとなり、そこで通話は終えられた。

 階下では父親も待っていた。私は、友だちの話が嘘であったということを、いの一番に告げた。大伴商事に転職するつもりでいると、付言した。母親は腰を振って喜んだ。自分の忠告が今頃になってわかったか。そんなことだけを言い残すと、父親は誇り顔でどこかへと行ってしまった。満更でもなさそうなのが、さっさとその場から立ち去ったことにも、察せられた。その証拠ででもあるかのように、昼食には父親が、彼の小遣から、寿司の盛合せの出前を取ってくれることとなった。

 隠してきた二週間の活動について、母親からインタビューを受けた。寿司を食べ終ったあとにも、それは小一時間つづいた。

「おまえにもようやく運が巡ってきたんだよ。中谷さんはアゲマンだよ。あの娘が出てきてからってもの、あんたいいことづくめじゃないか。ね。絶対に中谷さんを手放しちゃいけないよ。わかってるね?」

 重複する質問が多くなっていることを自分でも感じたのか、母親は忠告めいた言葉も混ぜはじめた。こうなると、さらに一時間ぐらい、今度は聞き役を務めなければならなくなる。彼女の要求には、すでに応えてやっている。話の場に風を入れてやりさえすれば、わざわざ呼びつけてまで続けることはしないように想われた。トイレにいくと嘘を言い、私は食堂をあとにした。そのまま自室へ上がってしまった。

 くさいから御利益があるのか、御利益があるからくさいのか。そんなことを考えながら、私はベッドに仰向けになっていた。寛子にはさておき、中谷夫人にだけは、報告しておくべきなのではないか。そう思いはじめたのは、心にゆとりができたからにちがいなかった。母娘ともども、最後に電話で言葉を交わしてから、一ヵ月とは経っていない。まだ早すぎると判断し、その考えは粉砕した。

 採用通知書が届くのは、次の月曜か火曜であろう。人事部長が連絡してきたわけで、まず心配はない。だが、書面を手に入れられないうちには、覆される恐れもなくならない。いってみれば「仮免許」の状態である。慎重にいこう、課長夫妻を除いた他人には言うまいと、私は心した。

 それでも、何なりかして、二週間まえから前日までの自分と、訣別したくてならなかった。「辞表」というもののことが、頭に浮かんできた。そんなものを書くのは生まれて初めてである。さてどうしたものかと、私は考えた。その書式が、就職情報誌の付録のようなページに、載っていたことを思い出した。その雑誌は、私の留守にちょくちょく部屋に忍び込んでいるらしい母親の目をごまかすためで、机の抽出しの奥深く、とりたてての理由もなしに保存してある英字新聞の群れのなかへ紛れ込ませてあった。私は閃きを得た。この段に退職願を書いてしまうことが、自分の気持に整理をつけてくれるのではないか。好い退屈しのぎにもなろう、と私は考えた。日付が入っていないものを作っておこうと決め、ベッドから跳ね起きた。

 その作業も、やがては終ってしまった。それからは、時間の経過が意識にのぼってこないよう、テレビ番組を眺めていることにした。どうしてこうくだらないものばかり作るのかと、初めのうちには怒りすら覚えた。しかし、堪えていると、じきに何も感じなくなった。のみならず、実に気楽でいられるようになった。ふと我に返るたび、なぜ自分がそんなふうになっているのかを、私は考えていた。それらの番組のくだらなさ加減が、くだらない時間を過ごしている自分を肯定してくれるため、なのであった。日がな一日そうして過ごさざるをえない、限られた自由のなかでしか生きられなくなっている病人たちや老人たちの気持が、私にも少しだけ理解できたように思われた。だが、そこまでだった。この日のところはそんな過ごしかたもやむをえまいと、あえて頭を空にした。

 気分の変化は、夕食後のテーブルから逃れたのち、いきなりもたらされた。それもまた、母親の騒々しい呼掛けによって、であった。子機への転送の仕方をどれほど教えてやろうとも、保留ボタンを押すことしか、できないのである。

「スガさんていう、若そうな女のひとからなんだけど」

 専務秘書のほか、私には思い当らなかった。偽名を使う理由も考えられない。それこそが彼女の名字であるということを、そこで初めて知ることとなった。迂闊にもほどがあるが、私は尋ねるのを忘れてしまっていたのだ。専務秘書のかた、で通っていたということもある。名乗らなかった彼女も悪い。

「どちらのって。声でおわかりになりません? 大伴のスガです、専務秘書の」

 ジャブを放ったところ、ワンツーを返された。ストレートには、軽い怒気が感じられた。

「これは失礼。スガさんておっしゃるんですね。存じなかったもんで。ついでになんて言ったら、本当にお怒りになってしまうかもしれませんけど、下のお名前は?」

「え、別にわたくし怒ってなんかいませんよ。タツコです。多いに津波に子。スガは、必須の須に賀正の賀です。そんなことはまたあとでも。あ、採用の連絡があったんですね?」

 田村課長の細君に同じく、これもまた察しの効く女であるらしかった。頭の回転の早い女は相手にしていて楽だと、私は思った。社内にいたかつての婚約者にも、百合子にも寛子にも望めなかったものであり、この須賀多津子という女にさらなる好感をもった。

「ホントによかったですね。……わたくしにお約束なさったこと、覚えていらっしゃいますか? 入社なさってからで結構ですから」

 ギクッとさせられた。お礼をすると言いはした。しかしその言葉には、金品を求めているような響きが、含まれていたのである。

「何がよろしいでしょう? お礼は」

「フフ。そうじゃありませんよ。どこかでお祝いしましょうってことです。ただし費用のほうは、ご負担いただくつもりですけど」

「そういうことだったんですか。いやホッとしました。給料が安いから転職しようって考えたのにって、ギョッとしましたよ。じゃあすいませんけど、場所のほうは考えといてくださいね。これから二週間ぐらい、僕のほうは、引継ぎやらでバタバタして、それどころじゃなくなると思いますんで」

 その翌日、日曜には、昼下りから、花束と菓子折を持って田村課長宅を訪ねた。話は、大伴商事の専務を笑いのめすことから始まった。

「バカにした話よねまったく。でもわたしは、遠藤さんが受かるって信じてましたよ。毎晩お大師さまにお願いしてましたからね」

「調子いいなあおまえ。じゃあなんで、遠藤君のために切抜きなんか作ったんだよ?」

「気休めよ、いまだから言うけど。康夫にならわかるでしょ? わたしがお大師さまにお願いして、叶わなかったことってある?」

 ここの細君もまた、寛子を手術した奥山医師に同じく仏徒、真言宗の信徒なのであった。飲酒は禁じられているものとばかり思っていたが、ビールとワインならば呑んでも構わないという。それゆえか、この家にはその二種しか置かれていないのだった。アルコール度数はいずれもが低く、量は呑める。しかし、度を過ごせば、他の酒にもまして手痛いしっぺ返しを食らわされるものらでもある。車で来ていたこともあり、私は控えた。その鬱憤もあり、課長の辞職が成ったのちに改めて三人で呑みにいくのを約し、夕刻には辞去した。

 速達で出してくれており、帰宅すると、採用通知書が届いていた。週明けに合わせて辞表を提出できることとなった。前日に作ってあったものに、私は翌日の日付を書き入れた。 

 次にいく会社の予定もあるのでと、きっちりと二週間で辞めたいのを、大山部長に言ってやった。管理職の課長の場合とは違い、後任が簡単には見つからないためであろう。なだめにかかってきた。だが私は突っぱねた。日々の業務は可能なかぎりアシスタントと後輩とに任せるように。引継書の作成に重点をおいてほしいと、苦い顔で言い渡された。

 部長から説明を受けたのだろう。アシスタントの深川は、気分が悪いのを理由に、青い顔で午前中に早退してしまった。ざまあみろと、私は心のなかで快哉を叫んだ。

「予定だと、俺もきみの一週間あとにはこことおさらばだ。しかし、うまくいったよな」

「だけど課長。それまではこうやって毎日、残業につぐ残業ですよ」

「ま、いいじゃないか。俺たちのは期限つきなんだからな。ヘヘ。あの様子だと深川も、辞めるって言いだすんじゃないか? 辞めなくったって、どうせ坊やには何もできないんだから、俺たちの後任と、少なくとも半年は残業地獄だ。そんなことはあのバカ女でもわかってるはずだから、やっぱり辞めるんじゃないか? いずれにしてもこの課は亡びる。だから俺たちも、適当にやっとこうぜ」

 個人的に編み出した仕事の進めかたについては、一切を秘そう。通り一遍の引継書を作成しよう。そう誓い合った。役職に就いていないほうに対しては、労働組合との申合せもあり、会社は定時後の拘束権までは主張できない。そういう理由から、二日に一度ずつ、私が早めに退社してしまうことにもなった。いくら図々しい深川でも、さすがに課長には手伝ってほしいとは言えまい。醜女をさらにも追い詰めてやるため、なのであった。

 そんなうちにも私は、大伴商事への入社に必要な書類を取りにいく用で、半日休暇を取ったりした。未消化の有給休暇を買い取ってくれる制度すら、ケチ会社にはない。

 私が辞める週の頭には、とうとう深川も、辞表を出した。その翌日には、後輩もそれに倣った。大山部長は開き直ったようで、二人には、その週のうちにも辞めていいのを言ったという。それにより、二人ともが、有給休暇を使うのを言い、退職の意思を伝えた翌日から出社しなくなった。田村課長は、困惑の表情を偽造しつづけていた。会議室で私と引継書を作っているときにのみ、その仮面をはずした。

 ヤシオ電機での最後の日が訪れた。夕方の関係部署への挨拶まわりで、すべてが片づいた。段ボール一箱に身の回りの物をまとめた。次の会社でも使うような品々ばかりである。大伴商事での配属先が決まってから、田村課長に連絡し、そこへじかに宅配便で送ってもらうこととなった。送別会ひとつやってはもらえない退職に、私は悲しさを覚えた。所詮はそんな会社だったのだという憤りに、それを変換した。

「こうなってみると、この会社って冷たいですね。部長なんか、ご苦労さんの一言すら言わないで、帰ってったんですからね」

「深川だって坊やだって、そう思ったんじゃないか? でも俺たちなんかまだマシだぞ。これっきりで、つきあいが終るわけじゃないんだからな。……来週のきょうで、俺のほうも上がりだ。それ以降ならいつでもいい。荷物の送り先を伝えてくるときにでも、きみの都合のいい日を教えてくれよな。女房は早めに帰らせるから、二人で歌舞伎町にでも遊びにいこうぜ。な」

 課長からのそんな言葉だけで、あっさりと、私は七年半も在席した会社を去ったのである。そこで過ごした日々を思い出さないようにすることで、どうにか家までは帰り着けた。 

 自室でひとり呑みだした。送別会のつもりだった。何もかもが跡形もなく消えてしまったかのように思われた。そういう感慨は、四つの学校を卒業したときには、抱かなかったものだ。楽しかった日々だけがしきりと思い出され、私は図らずも泣いてしまった。酒が入っている。あとは芋蔓式であった。そのうちには、忘れてしまいたいような出来事すらが、なごり惜しいものに感じられだした。あろうことか、あれほどいがみ合っていたアシスタントの深川のことまでもが、落涙の対象になっているのだった。自分に呆れる気持もあったが、抑えきれないでいた。

 そんな感傷的な回顧が、次の日の明け方、泥酔するまで続けられた。大伴商事は定年まで勤めあげようと思いながら、私は灯りを消した。ベッドに抱きつきにいった。マットのにおいとともに、中谷夫人の最後の言葉が立ちのぼってきた。涙を催し、枕で塞き止めているうちにも、眠ってしまったようであった。

 

          五十四

 

 新たな生活が始まった。

 謎かけ専務の管轄下にあるという、前職とは無縁の、鉄を扱う部課に配属された。当然のことながら、見知った顔はない。私の緊張は、両の足の指にまで達していた。それとは裏腹に、周囲は弛緩しきっていた。堂々と自分のデスクでスポーツ新聞を読んでいる者すら、見受けられるのだった。

「なるほどね。……で新人君。どうなんだい? きみ。こっちのほうは」

 いまだ午前中だというのに、何人もが、適当なところで、盃を摘む仕草を見せてくる。

「は。まあ、そこそこには」

「じゃあ案内してあげるよ。いつが暇?」

 そんなやりとりをくりかえしているうちにも、その週の退社後の予定は埋められてしまった。しかるに、勤務時間中の指示は、なに一つ為されないのであった。電話は女性社員が取る決まりとなっている。そのことのみを、近くに座っている若い男から伝えられた。

 そうしていることを命じられたわけではなかったが、私は自分の立場をわきまえていた。トイレと昼食に起つ以外、背筋を伸ばして椅子に座っていることを、自らに課していた。寺で座禅を組んでいるときのように、厳粛な雰囲気のなかでならば、まだいくらかは救われていたに違いない。目の前では、素顔丸出しの若旦那たちと、仮面を被った遊女たちとが、延々と何事かについて掛け合っているのだ。若い女などは、何が目的なのか、これ見よがしにミニスカートの裾を舞い上げて歩いていったりする。そういうなかにあって独り姿勢正しく着席していることは、ひどい苦行ともいえた。私には、自分を殺していることが精一杯だった。一日目に為した記憶のあることといえば、古巣の課長に電話して荷物の手配を頼んだことぐらいである。二日目には、そんな息抜きすら、奪われてしまっていた。