「からかうのはやめてちょうだい。わたしたち真剣なのよ。んねえ。マンションで浩ちゃんが待ってるの。……そうそう、あなたがお喜びになりそうなサプライズも、ちゃあんと用意してあってよ。わたしのお友だちも来てるの。ふたりとも美人よ。フフ。それなりに男あそび、してる子たちだし」
「さっき言ってた、ヤリ逃げされたグラビアモデルが、その片方?」
「彼女? あの子は恋愛用の子だもの。近くでアレされてるのなんか見たら、びっくりして泣いちゃうかも。……んそうじゃなくって。もっと気楽な子たちなのよ」
幸治はあらぬ方を向いた。そうした理由は特になかった。
「ちょっと幸治くん。なんとか言ってよ。これから来てくれるわよね、一緒に。……まさか。いやとか」
よそへ顔をやったままで、幸治は新たなタバコを咥えた。1本目だけだと言っていたにもかかわらず、洋子はそれへも火を起してきた。このときには、彼ももらった。
洋子と斎藤、2人の生命を自分が握っているのかと思うと、幸治のなかに万能感のようなものが膨らみはじめた。稼ぐだけ稼いで、要らないほうだけを骸にしてやることも、できるのだ。そこまで頭が巡ると、自宅を占拠している醜悪なもの、ぼろアパートの壁に浮き上がっているまだら模様が、何やら懐かしくさえ思えてくるのだった。カネも女も、いずれはおれが独占してやる。その黒ずんだ思いを、彼は白煙に乗せて噴いた。
ほとんど言葉らしい言葉を交わさないままに、洋子と幸治はタクシーに乗り、やがて高輪、斉藤のマンションに至った。
インターフォンに応じて出てきた斎藤の姿から、それまでにどんなことが営まれていたのかが、来訪者2人にも察せられた。
「よお。こないだは悪かったな、赤ん坊みたいに世話やかせちゃってさ」
幸治はすみやかに笑顔を偽造した。
「いやあ。気にしてませんよ、そんなこと」
「サンキュ。心底から待ってたんだよ、おぬしのこと。いい子たちだぞ、洋子の友だち」
「でしょ? さあさ幸治くん、上がって上がって。……あそうだ。なによ浩ちゃん。あなた、わたしだけは評価しないわけ?」
洋子は、つまらないところだけが、少女のままであるようだった。
居間のソファの上では、全裸の女たちが、各自に棒状の振動物を握り、耽っていた。
斎藤が唯一の衣類、トランクスを下ろした。洋子は荒々しい手つきで、着ているものを剥ぎとりにかかった。手拍子が起きた。
「ほれほれ。ぼちぼち始めるよ、おふたりさん。ウルトラセックスマンも、おみえになったことだし」
斎藤のその言葉によって、2人の女は初めて幸治に目を向けた。身体が先で顔が後であったため、そこでようやく、幸治にも火が着いた。言われずとも全裸になった。
斉藤からうながされるがままに、洋子ので、幸治は1回目を発射した。そののち、彼は2人の女と対峙させられた。
そちらをこそゆっくりと味わいたかったので、幸治は白人女のほうを後に回した。彼の管理下にある和製の上下の切れこみのほか、必ず空いている4つの類似物は、いずれもが、斎藤による蠕動のもてなしに、粘った音を発てていた。女体2つの支配者は、適度には力の入っていることがうかがわれる先端の丸い棒を、悠然とぶらつかせるのみで、ついぞどこかへ納めるということがないのだった。洋子への配慮から斉藤がそうしているのは、行為中の幸治の目の端ででも、見て取れた。2人の仲を彼は妬いた。
「オーカム。……カムカム。……カミン!」
上に跨がっている白い女が、桜色の両乳首をまさぐりつつ上体を反らせた。幸治はなおも腰を突き上げながら、なぜに日本人が「行ク」と言うところを西洋人は「来ル」と言うのかということを、しみじみと考えていた。
これまでに関係をもった白人女たちに同じく、この女も巫女などではない。女性部位の発達が著しいだけの、さほど珍しくもない洋物にすぎない。そこからすれば、たしかに、彼女らにとっては「来ル」という表現こそが適当なのかもしれない。実体のあるもののほうがそうでないものよりも強いと、考えるにちがいないからだ。
この国では、性的快感を得ることを「昇天する」などともいう。つまり、絶頂に達する瞬間、日本人は神の許に赴くというわけである。主はあくまでも神のほうであり、そのたびごとに、我々は神への従属を誓っているのだ。
他方、この白い女たちと来たらどうだ。日常においては日本人よりもよほど信心ぶかい生活を見せつけあっているというのに、一皮めくれば不遜なことにも、神のほうから自分らの許へ降りてくるのが当然だとばかりに、咆哮してやまないわけである。
幸治は、怒りにも似た感情を覚えた。彼のなかで、彼に伸しかかっている白い女への、加虐の気持が充満した。それの性器の深奥に火を起してやるつもりで、猛然と擦りつけはじめた。そのことにより、前回からわずかなうちにも、女には次の「到来」がもたらされたようだった。幸治が腰の疲れからなかば自発的に放射したとき、女はすでにぐったりとしていた。3度目の失神。3回目で、神を見送っているらしかった。
一巡したのを認めた斎藤は、洋子の手を取り、ベッドから下りた。
「さあ。今度は俺たちが、楽しませてもらう番だ。先に行ってるからな」
湯が張られたバスタブのなかで仁王立ちになっている洋子の股間に、斎藤の黒いほうの頭が挟まっていた。
幸治の入室に向き返った斎藤は、バスタブと並んでいる白い箱を、指さした。車のバッテリーである。よく視ると、2本の被覆線の一方は、すでに湯のなかに引き込まれているのだった。
「こないだと、同じ要領で、頼むぞ」
「でも全然ボルトが違うんじゃ」
「ああ? ヘヘ。いいんだよ、そいつのほうが」
洋子が湯に身体を沈めるや、2人に結合の証が揺れた。次の瞬間から、斎藤が洋子を漕ぎだした。
この場にあっては隠蔽色となろう色、ピンク色のゴム手袋が、バッテリーの上、洗面台の縁に、並べられていた。自主的に、幸治はそれらをはめた。
斎藤の右手が、競技に入るときのロデオのカウボーイのそれさながらに、湯の上で合図してくる。そのたびに、マイナス電極から延びている線を、幸治は刹那だけ湯に突っ込む。斎藤の肩が小刻みに震える。洋子の口からは、それまでのあえぎ声に代って、カチカチという硬質な音が出てくる。
(そらそこだっ)
頭のなかでそう叫んではで、幸治は湯に着けていた紐線を引き上げる。
「こっ。これだっ。これなんだっ」
「もっとっ。幸治くんもっとちょうだいっ」
斎藤がうめくと洋子もさけぶのだった。夫唱婦随を見せつけられているように思われ、幸治は両者に殺意を抱いた。
3回ほど反復したときである。斎藤の首にぶらさがっていた洋子が、バスタブの縁に勢いよく後頭部を打ちつけた。唾液とともに、弱々しい呼吸音を垂らしている。薄く開かれたまぶたから白いものを覗かせも、していた。失神しているようだった。斉藤は、肉の鞘の持主の安否になどまるで関心がないかのように、腰を動かすことをやめないでいる。催促の手を挙げつづける……
いつしか、週末になると斎藤が幸治を迎えにいくことは、年中行事のようになった。
相手の女の数は、2度目の「電気あそび」を終えたのちの幸治からの要求にしたがって、「かならず4人以上」とされていた。人数が増やされた分、斉藤と洋子を浴室からベッドへと運ぶにあたっても、2人を介抱するに際しても、彼の負担せねばならない労力は大幅に軽減されることとなった。
ただ、幸治は悩みつづけもていた。
彼が交合する一番手に、決まって斉藤は、洋子をあてがってくる。洋子も抗うでもない。そのことに、幸治はどうしても合点が行かないのだった。2人のあいだに「愛」なるものがあるのかどうかまでは、当事者ではないのでわからない。しかし、双方ともが好意を寄せあっていること、無二のパートナーだと思いあっていることは、介添役にでも容易に認められることなのである。
(理由は、きっとあるはずなんだ)
幸治は、6回目からの洋子の肉のなかでは、射精するのをやめておいた。