「すごかったよ。目は開いてるんだけど、息ができなくてさ。身体も動かなくて。頭のなかは、何かポーッとしてるんだ。まあ、いまだから言えるんだけど、射精する瞬間とよく似てるな。いや違う。初めて精液が出たときと、似てるんだ。おぬし、初めて出たのは夢精でか? それとも、自分でチンポいじくっててか?」

「後者ですけど」

「んならわかるよな、俺の説明」

「よくわかんないです。だからなんだっていうんですか?」

「意外と鈍いな。だからさ。……女とハメてるときに、電気ながしてみたらどうかってことさ。いい按配にあの女、いまごろ湯に浸かってるだろうし」

 そう言っているうちにも斎藤は、手にしているものをきっぱりと2つに裂いていた。言葉を終えたところで、上下の歯を使いだした。ビニールのなかにある微細な金属線の束を露出させてから、双方が棒状になるようにねじりあげた。

「これでよしと。さあ、行こうぜ」

 プラグの部分を片手に握り締めるや、斉藤は目を輝かせ、幸治に同行を求めてきた。カネをもらっている。気が進まないながらも、年少者は一緒に浴室へと向かった。驚いたことにも、その時点ですでに、斉藤の股のものは太さを増して反りかえり、上下にしか振られないようになっているのだった。

「おっと。おぬしも一緒に感電したり、おぬしの指紋が残ったりすると、ことだよな。……そうだ。すぐ戻るから、ちょっとここで待っててくれ」

 そう言うと、斉藤は足早にキッチンのほうへと歩いていった。

 小ぶりな戸が投げ閉められる音が聞えてからほどなく、右手に紫色のものを手にし、斉藤が姿を現した。

「これはめてやってくれ。ちょっと派手だけどさ」

 そのゴム手袋は女ものであるらしく、見るからに幸治の手にはきつそうだった。ただ、着けないよりはましだろうとも、彼は思った。それらを差し出してきていた手から、てらてらとした紫色の1組を引き抜いた。

 斉藤は、被覆コーを持たせている左手で、浴室のドアノブを回し、引いた。彼の右に立っていた幸治を、右半身を使って押し入れた。ゴム手袋は隠しておいたほうがいいと思い、うしろ手になっていた雇われ者は、のめりそうになった。

「あらあ。フフ、一緒に入る気?」

 首だけを回し、洋子は笑顔で2人組を迎えた。

 幸治がゴム手袋をはめると、斎藤は、電線の5センチほどが剥出しになっている、1メートルちかくが2本に分かれている全長2メートルぐらいの被覆線を、手渡してきた。1本を浴槽のゴム栓の鎖にあらかじめ絡めておけ。そののちに、プラグをコンセントに差し入れろ。それからは、彼の合図に従って、もう1本を瞬間的に、湯と接触させろ。そう耳打ちした。

「やあね。なにゴチョゴチョ言ってるのよ?」

「わかってるとは思うけど、瞬間的にだぞ、瞬間的に。ヘヘ。早打ちのガンマンみたいに、コンマ3秒とかでさ」

 その言葉だけは普通の声で言うと、斎藤は、洋子が仰向けてなっている湯に身を沈めた。酒まら湯ぼぼ。その言葉を、幸治は思い出していた。酒を呑んだあとの男のしん、風呂に浸かったあとの女のじつの感度は上がる、というわけである。入湯中ではどうなのかと、彼は目を光らせた。

 斎藤の両手が洋子の両肩に食らい付いた。湯のざわめきが、女のあえぐ声とリズムを取りだした。それが段々に早まっていく。ややあって、紅潮した顔の一方が、幸治のほうへと振り向けられた。

「入れたらすぐ、抜くんだぞ」

 

 その1週間後、土曜の昼下がりに、幸治のスマートフォンを洋子が震わせた。斎藤の女になることにしたのだ、と言う。

「でね、浩ちゃんたらやっぱり、いなかのお坊っちゃまなのね。このまえのとき、あなたにご迷惑おかけしたんで、自分からは電話しづらいんだって」

「カネくれてたんだし。別に気にすることなんかないのに」

「だから、そこらへんがボンボンなのよ。あのひとったら、おカネを入場券ぐらいにしか思ってないみたい。……まあ、それはそれとして。実はわたし、あなたにお願いがあるの。今晩、なにかご予定はあって?」

「特には、ないけど」

「じゃあ決まりね。5時に銀座の――」

 待ち合わせた喫茶店には、すでに洋子の姿があった。

 目鼻のはっきりした、男好きのする顔立ちをしている。それがゆえ、混雑した店内にあっても、わけなく見つけることが叶ったのである。

 幸治はうれしくなった。すでに他人のものとなってしまっているあの美しい女と、自分は確実に2回、お互いの必要から、交合しているのだ。どうだおまえら。おまえらは伸ばした鼻の下にヤニくさい溜息を吹きかけるのがせいぜいだろうが。ざまあみやがれ。そんな誇らしい気持で胸を膨らませながら、彼はゆったりと、洋子への歩みを進めだした。

 近づいていくにしたがって、幸治の目は新たな情報を拾ってくるようになった。洋子は、白いストローを突き出させた脚の長いグラスを前にして、カウンター席で肘をついている。混み合っているとはいえ、テーブル席にまったく空きがないわけではなかった。彼女自身の意思で、わざわざそちら、おのが脚線の美しさをひけらかすことのできる場所を、選んだに違いないのである。幸治はいっぺんに白けた。早足にもなった。

 たおやかな手招きに応じ、彼は洋子の右隣の席に腰かけた。そういう座りかたを女が求めてくるときというのは、その場での主導権を男に握らせたくないときと、相場が決まっている。女が左巻きである場合や、男が左利きである場合には、無論その限りではない。幸治は右手で、ポロシャツの左胸のポケットからタバコのパッケージを抜き出した。喫うための動作を何ひとつ起していないうちから、透明に見えるが実はどす黒い煙を、前方にある仕切り板のようなガラスへと噴きかけた。

「1本目だけよ。それも、友情のしるしで」

 喫煙者である洋子は、幸治がマールボロを咥えると、彼女のタバコとお揃いのカルティエCartierに、火を灯した。ガスライター特有の幅のない炎に向け、彼は顔面を傾けた。

 ウェイトレスが氷水こおりみずをもってきた。幸治はアイスエスプレッソを頼んだ。

 至近距離で観て初めて、洋子の笑顔の色艶いろつやがよくなっているということに、幸治は気づいた。

「恋愛の効果ってわけか」

「なあにそれ?」

「いやつまりさ。斉藤さんの彼女になったからか、きみの顔が、いっそうきれいになってるんでね。特に肌が」

 洋子は白煙を吹き散らして、笑いだした。

「、、。あなたがあちらがおじょうずだってことも、充分すぎるぐらいわかってるし、わたしたちの相性がいいってことも、ちゃあんとわかってるわ。でももうダメよ。わたし、男のほうが浮気しないかぎり、ぜったい浮気しない主義なの。ごめんなさいね」

「いやおれはなにもその」

 なだめでもするかのように、洋子が幸治の左の前腕に、右手をかけてきた。

「あと1カ月。ううん、あと2週間まってて。とびっきりの女の子、紹介してあげるから。グラビアモデルしてる子なんだけど、ついこないだ、雑誌の編集長のおやじに、呑まされてヤラレちゃったらしくて。すっごく落ち込んでてね。いい子なのよ。見た目の派手さとは大ちがいで、家庭的で、お料理の腕も抜群だし。だいいちオッパイ大きいし。それもぶちゃっとしたのじゃなくって。んん。えー吾輩の調査によるとだなあ。貴君はだな。婦女の胸部に並々ならぬご関心があるらしく、クク。でしょお? そこは浩ちゃんとは大違いよね。あなたがなめたり吸ったりくわえたりしたから、あの日わたし、ずっと痛がゆかったんだから、先っちょが」

「よせよ。車ん中じゃないんだぞ。似合わねえぜ、きみイカシてるんだから」

「フフ。イカスなんて死語よ。変なところが古いんだから、幸治くんて」

「じゃあ、なんて言うんだよ?」

「イケてるんだから、でしょふつうは。ううん、そんなことはどうだっていいのよ」

 洋子は、またしても、幸治の左腕に触れてきた。このときには、でもした。過剰なスキンシップ、といえる。押し倒せばどうにかできるはずだ。そう思いながらも、幸治は脳裏に斉藤のゆがんだ笑顔を見ていた。あいつを殺す気になれるだろうかと、みずからに問いかけた。

 答は出てこなかった。が、その代りのように、ひどい喉の渇きが、彼に襲いかかってきた。幸治はコップの氷水を一息に飲み干した。驚きの声をあげた左隣に、それの前にある同じものを差し出すように求めた。その1杯もまた、彼は牛飲した。見かねたのか、注文を取りにきたのとは別のウェイトレスが水差しを持って現れ、2つのコップを満たした。人情の溶け込んでいる水。そんなものに、幸治は手をつける気になどなれなかった。礼を言うのもはばかられた。頼んである飲みものはどうなっているのかと、荒い語調で尋ねることだけを、した。

 第3者が姿を消すと、左右で、当り障りのない言葉のラリーが、始められた。6回目のブレイクは、店側によるものであった。

 幸治のアイスエスプレッソが運ばれてきたあとややあってから、洋子は唐突に、先の風呂場での出来事を話題にのぼらせた。

「浩ちゃんたら、最後にはあんなふうにだらしなく、意識うしなっちゃったけど。出すものはしっかり、たっぷり出してたのよ、わたしのなかで。ヘヘ」