岐阜旅行記~岐阜城編~ | オー!ハイボー

オー!ハイボー

これはハイボーが、現代の不況や金欠による月末の結末。そして二日酔いなどを経て日々、成長していくのを綴った記録である。

二日目

岐阜駅からバスに乗る事、数分で金華山のふもとに到着した。

ここからロープウェイで頂上まで登り、その頂上にある岐阜城を目指すのだ。



約5分程で頂上駅に着いた。

けど、そこに城はない。

そこから更に歩いていかなければいけないのだ。


ここから城までは、たくさんの階段があり、中々到着できない。

もし、敵に攻められても、そう簡単には、城にたどり着けないのだ。

そして、ようやく城が見えた。




城の入口で入場料200円を支払い、いざ城へ。

そして、ついに城のてっぺんに着き、岐阜の街を一望できた。



絶景であった。

岐阜城は、鎌倉時代に幕府の軍事目的で築城したと伝えられている。

それから様々な城主に継がれていった後

1567年、美濃へ侵攻した織田信長によって、奪取され、この城は、信長の者となったのだ。

当時、この城は、稲葉山城という名前だったけど、信長が岐阜城と改名し、その城下町も、岐阜と名付けた。

信長は、岐阜の名付け親なのだ。

信長が、かつて見ていた景色を目に焼き付け、城を出た。

城を下っていくと休憩広場があり、歩き疲れた俺は、ベンチに腰かけた。

今日も暑いので、汗が止まらない。
(;´д`)

ふと隣のベンチを見ると80歳くらいのじい様が上着を脱ぎ捨て上半身裸になっていた。
(゜д゜)

よぼよぼの体がさらされている。

そんなに暑いんだな。


天下統一を志し、その野望は、本能寺の変によって、散ってしまった織田信長。

その信長が治めた城のふもとで、一人のじい様が上半身裸になっても、敵に襲われず、涼んでいる。

信長が、治めた岐阜の街は、今日も平和だ。

旅は、まだまだ続く。