もう一年前の話だけれど、ふと思い出したので、書いておこう。長文なので、お時間のある方のみどうぞ。
一年前、節目の誕生日を前に大規模な断捨離を実行。主に処分したのは服、書籍、雑誌、CD。そしてずっと手を付けられずにいた手紙。
小学校から高校にかけて、文通が趣味だった私は、10代から30代前半まで自分に届いた何百通もの手紙をすべて取っておいた。(数年前から、手紙は読んだら感謝して、処分することにしている。)2度の留学中にもらった手紙も全て残してあった。いろんな思いがあったけど、思い切って処分した。
でも処分する前に少しだけ読み返したりして…。
文通の手紙。長く文通をしていたのは、3人。そのうち誰一人とも、もう連絡がつかなくなっている。手紙の内容は、まあ、10代の女の子が書くことだから想像がつくだろう。学校のこと、好きな音楽のこと、好きな人のこと、とか…。他愛もないこと。私は自分の思いを文字にして、誰かに読んでもらうことが好きだったんだ。
長く続かなかったけど、文通した相手は他にもいたようで、手紙が残っていた。正直、どこでどう出会って手紙を交換するに至ったのか、思い出せない人もいた。
1度目の留学。一番多かったのは、母からの手紙だった。まだ幼かった弟のことを中心に、家族の近況が綴られていた。次に多かったのは親友からの手紙。彼女の手紙には所属学科の様子や、当時日本で流行っていることなどが書いてあり、浦島太郎になりつつあった私の情報源であった。時々日本のヒット曲のテープを送ってくれた。
高校時代の友達、学科の同級生、先輩や後輩からの手紙も多数あった。1度目の留学は、大学からの派遣留学という形だったので、大学の学科に所属する方たちからたくさんの応援をもらった。小さな学科から旅立つ、たった一人の派遣留学生だったので、それなりに周囲の期待も高かったのだ。
この当時、海外とのやり取りは手紙と電話が主。電子メールが普及し始めて、テクノロジーに強い友人とはメールでのやり取りができるようにはなっていた。しかし、大学のPCラボからだと、英語でしかメールができなかった。だから、お互い拙い英語で書くか、英語が苦手な友達は日本語の文章を全てローマ字打ちしてメールを送ってきた。(これはこの上なく読みにくかった 笑)。単身渡米。知り合いもおらず、英語もろくにできないままアメリカへ来てしまった私にとって、日本から届く手紙は数少ない楽しみの一つだった。毎日、毎日、メールボックスをチェックして、日本からの手紙を見つけると、部屋まで待てずに封を切って、すぐに読んでいた。
2度目の留学。やはり母からの手紙が多かった。この頃、母は仕事と家庭のことで非常に忙しく、苦労が絶えなかったようである。まだ小学生だった弟のこと、小さな甥っ子、私が留学する直前に生まれた姪っ子の様子なども綴られていた。そしてやはり親友からの手紙もたくさんあった。留学前にアルバイトしていた英語教室の関係者からの手紙もあった。この頃には日本語でのメールもできるようになっていたので、次第に友人とのやり取りはメールが主になっていったように記憶している。
忘れていたことを思い出した。2度の留学の間、私はずいぶんとたくさんの人に支えられていたのだ!海の向こうから、私のことを思いながら、時間をかけて手紙を書いてくれていた。これは本当に有り難いことだ。見えないところから送ってくれたエールは、なんて心強かったんだろう。
今はfacebook やら、LINEやら Skype やら、海外とのやりとりは容易になった。しかも、お金はかからない。留学中は国際電話で月に2万以上払うことはよくあった。こんな時代が来るとはね…。
海の向こうから、手紙が届く。
電話がかかってくる。
本当に嬉しかった。
励みになっていた。
そのほかにも、いろいろな方からの手紙があった。
今は亡き恩人。
今は亡き友。
海外研修に引率した高校生。
留学中にできた海外の友達。
などなど。
手紙は本当に残しておきたいものだけ厳選して、箱の中に入れてある。今は亡き友からの手紙も残すことにした。先日の中学の同窓会で、みんなでその友のことを思う時間があった。優しい友達だった。生きていたら、どんな話をしていたかな。