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25時半

おもに絵をかいたり本を読んだり。
札幌のイベントに時々出ます。

まるっと一週間経ってしまいましたが、当日のことを思い出しながら。


とにかく会場内が終始暑くて蒸してました。自火発火してるのかってくらい体から水分が出ていく感覚があって500mlのペットボトルじゃ足りないくらい。

熱中症注意のアナウンスも流れてて、倒れる人が出なくてよかったなと。

それぐらい熱気がすごかった。


札幌近郊に住んで幾度となく買い物やら遊びにやら行っていても、意外と行かないのがテレビ塔。

2階って書いてるから階段でいいやと思って登って行ったらいつまでも着かず何だこのポルナレフ状態と不安になり一度下に降りて案内のお姉さんに「あの、2階って…?」と尋ねたら「あっ2階っていってもここのは5階ぶんぐらい登らされるんでエレベーター使ってください!」と言われOh…となったり。

塔って構造上先が見えないのとぐるぐるらせん状に登り続けるのとで疲労感が倍になると思った。これを延々続けると発狂して…みたいな話ができそうだ。出端から不穏。



開場前に行列ができてるとか、自分が今まで出たイベントとは雰囲気が違って、とにかくずっと人の行き来があって終わりまで人の足が途絶えなかった、というのがすごかったですね。

みんな楽しみにしてたんだなあ。今更ながらスペース取れたことが奇跡のようだ。


自分の想像ではもっと雑貨とかグッズ系のところもあるだろうと思っていたのですが、8割文学(詩や短歌、小説)でした。漫画…浮いてたなぁ…あからさまに「なんだ漫画か~」って感じで行っちゃう人もいて、場違いだったかな、と沈んでいたら「漫画もあるんだ、見ていいですか?」って立ち止まって手にしてくれる人もたくさんいて救われたり。

単純に「本を手にして中を見る」という行為だけであれば過去最高数だったはず。

それだけ、ではあるけどそれだけのなんと嬉しいことか。来場者数の恩恵を感じた。


漫画だけじゃなくこころさんの詩集を置けたのも有難かったなと。自分の心のよりどころ的にも。「漫画だけじゃないから…詩集も…あるから…!」という。

実際、詩集で立ち止まってくれる方も多くて「あなたが書いたの?」「いえこれは…」みたいなやり取りをよくして、詩を読まれる方の傾向なのか、こころさんの詩がそうさせるのか、書いた本人に興味を示すみたいなことがわりとあり、せっかくの機会、名刺とかペーパーとかもらっておくべきだったと反省した。

サイトや御本人についての説明ってつい自分の主観になってしまって難しい。

それでも今回は詩集のQRコードからその場で音楽を聴いてもらうことができて、そこで「あ、すごい」ってキラキラなった時のあの顔、見せたかったなあ。この反応された方はみんな購入いただきました。

何だろう自分が褒められたわけでもないくせにちょっとこう、へへってなる感じ。

本も音楽も人も、出会いと相性は大事だ。


またスペースで隣り合わせた方が気さくで良い方で、「トイレとか席はずす時は言ってください、番してますよ」って、やさしさが人の形をしているなと思っていたら来る人来る人まるで旧友のように話されてて、なんだこの対人スキル!と横で固まっていました。


そして悪いなと思いつつほんとに席を空ける私のずうずうしさ。ちょっとどうしてもほしい本が…

短歌系の本は有名な歌集でさえ書店で置いてなかったりするので、こういう機会は貴重なんだ。

なんだけど、事前にしっかり情報収集できてなかったのと金銭的な事情とで後になって「あれも出てたのかああああ」といっぱいなった。それでもいくつかは狙ってたものや、好みな作家さんなどを見つけられてホクホク。


たのしいなあしあわせだなあとニヤついていたらお隣さんがわざわざ「人来てたよ!」って教えてくれて、戻ったらなんと私の漫画を買うために、私の、漫画を、買うために、アアア嘘だろ待っててくださった方がいて、いやほんと、幻でも妄想でもなく、そんなことずっと言われたかったみたいなことを言って下さり、嬉しすぎて蒸発しそうでした。

この先たぶん漫画関係でメンタル折れそうになるたび私はこの瞬間を思い出すんだろうな。もう背中に羽見えたもんなあ。

なんか…がんばろう、がんばれるな、と。すごく貴重で有難いものをいただいた。


前に書いた色々ギリギリな中二詩集は3部のうち2部は何かあっても連絡が取れるお二人が好意で引き取ってくれたような感じで、それがまた有難くも恥ずかしいというか、参観日にお母さんがきてソワソワっとする照れ感というか。何かあった時に私を脅迫するには最高のネタになるので使うと良いです。


問題はもう一冊で…こころさんの詩集と一緒にアジア系の方?(基本英語である程度日本語分かるみたいだった)が買ってくれたのだけど、自分でも詩を作ってるらしく、色々話をしてくれて。

自分は英語さっぱりで説明もうまくできなかったけど、買ってくれたということは日本語読めもするのかな。すごいな…

で何が問題かって、その、私の書いた詩の中にただカッコイイ気がするからという理由で英語にしたものがあって、それも別に雰囲気さえ伝わればいいやと文法もろくに調べず辞書をひきひき単語ばっかり連ねたような。帰ってから「はっ」となって、あれを…見たら…腹筋が崩壊するか首かしげるか激怒するか、何にせよ頭悪い…恥ずかしい…日本人全体のイメージが下がる…


反省した。やはり半端なものは表に出すべきではないな。そもそも失礼だし。お金もらえるものになってるか、自分が納得できるか、ちゃんと自問するの大事だ。

自分のものに自信を持つって作る以上に難しいかも。

最中は熱中してフィルターかかってるのが、時間経って冷静になるとアレ・・・?っていう。

夜中のラブレターは出すなというやつに似てる。


ではでは。

あれもこれもと長くなってしまいましたが本当に濃い時間でした。来てくれた方主催の方関わった方、全てに感謝を。

来年の開催も決まってるようで、今から楽しみです。









文学フリマのほうは前日にすら予告できませんでしたが、現時点でどちらも無事終えることができました。お越しいただいた方にはお礼を申し上げます。


まずwoRksが今回、日曜日15時から開催(そして翌日の月曜が祝日)というので普段は来れない方が来てくれたりもしたのかなという印象でした。


新しく作った多肉シールが有難いことにほとんど旅立ちました。シールはまた新しいの作ってみたいですね。今度は切る時のことも考えてもう少し形工夫しよう。

漫画も普段より出て嬉しかったです。


こころさんの詩集(感覚記憶装置)もそれ目当てに真っ直ぐ来て買っていかれる方がいて、ファンがついてるっていいなあ、すごいなあと。新作CDに合わせて毎回無配のペーパー作ったり、ディスプレイやポップなど見習いたいところが沢山ある。そこはどのサークルさんを見てもそれぞれやり方があって毎回おお・・・ってなって帰ってくるという。そこ反映しよう、もっと。


買った本などまだ読めてませんが、人が一生懸命作って形にしたものが自分の手にあるというだけで感動するというか、負けてられないなという気になる。勝ち負けじゃないけど。なんとなく。


そんなこともあってwoRksで熱量上がっての「次の土曜は文フリだぜ!」というテンションで、今あるものをただ持って行くつもりだったのがせっかくだし何か新しいやつ出したいな、という欲が出て、でも何を作ろうかと考えてふと思い出したのが、過去に書いた詩にイラストをつけたものでした。

こころさんの詩集に触発されたんだね…


詩自体は中学生から高校ぐらいに書いたものがほとんどで、それはもうそのとおり中二病丸出しの内容で、卒業後それに絵をつけたりして余計に痛さが上がったブツで、見返しては自分に鳥肌を立てながらワーと叫んで破りたくもなりましたが、それをせずずっと保管していたのは、いつかは表に出したいなという気持ちがあったからでした。


出すなら今しかない!なぜなら、文学フリマならロマンチキンな文学人間なら、この痛さを笑いはしない気がするから!!

と思い(込み)、時間ぎりぎりまで、いけるとこまで作業しようと修正したり書き足したり。


(私が文学フリマに来る人に抱くイメージって、学生時代に人間失格を読んで「自分のことだ」と共感するのが6割ぐらいで、そして8割は主人公が竹一に「ワザ、ワザ」言われるシーンで股間と子宮を潰されそうになった人でしょ?という完全なる主観)


時間に追われながら夜中に作業なんかしていると、我ながらこれを出したところで誰も喜ばないだろう、誰にも求められてはいないものを私は見よとばかりに押し付けているんだな、自信もないくせに認められはしたいんだ、一体そのエゴになんの価値があるのか、いっそ有害さを認めて尼僧にでもなればいいのに、ともんもん虚しくなったりしつつ、でもこの感じがまさに文学っぽいぜえ、と浸ったり、今も心は中二のままでした。


結局、本は4冊つくって1冊は製本作業で完全に失敗、残り3冊も微妙な、不安な出来で、出したら相当な恥知らずだな、と思って悩んだけど出しました。どうせ生まれた時からずっと恥ずかしい人生だよ。

これを逃したらもう他で出すことはないだろうなという確信もあった。


まだ中途半端に絵を描いたままのが残っていて、入れられなかったページがいくつかあるのは心残りなので、恥を上塗りする元気が出れば製本のリベンジも兼ねてごく少数出すかもしれない、出さないかもしれない。ツイッターに上げるぐらいはするかもいやそのほうが恥ずかしいかも。先のことは分からない。


とにかく今ひとつだけ確かなのは今度コピー本を作る時はしっかり両面コピーして、安全な中綴じにするか、がっつり製本練習してからにしようということ。


文フリについてはまた!言い訳が長い!


準備にあたふたしているうちに時間的にはもう当日になってしまいましたが、久々のイベント参加です!
通販で買った安くて大きい(B4サイズが入るのをずっと探してた)リュックに全部詰め込みました。若干はみ出してるけど背中に背負えると移動がすごく楽で良いと思う。リュック民が今とても増えてるのも納得。

持っていくのはいつものハガキと漫画、あとは今回新しく作った多肉植物シール。
これをひたすらチョキチョキやるのが大変骨が折れました。基本こういう地味作業は好きなほうだけど今は夏ということもあって手汗量が1番多い時期で、シールの表面触っちゃうとペタペタくっつくし指紋つけちゃうしで、そのへん気を使いながらやると全身発汗でした。
あ、大丈夫ちゃんと拭きながらやってます。汚なくないはずなので、手に取ってもらえると嬉しいです。

あと前の記事で紹介させてもらったこころさんの詩集が初お披露目となるので、そちらもドッキドキですね。表紙のプレッシャー…とにかく中身は保証されているのでぜひ手に取ってじっくり見ていただきたいと思います。持ち歩いて曲も聴けちゃう詩集、よろしくお願いします。


the woRks original 32

2016年 7月17日(日)
15:00~19:00

札幌市民ホール2F
第1・2会議室


日曜日の午後3時からってなかなかないですよね。どれくらい人が集まってくれるのか気になりつつ、寝ます。
イベント前はいつも緊張して寝つきが悪い。








こころさんがサイトで詩集紹介と共に私との馴れ初め(?)についても触れてくれていましたが、そうなんですよ…

きっかけはこころさんがwoRksで販売されていたCDを私が買って、家に帰ってさあ!と再生ボタン押したら無音でうろたえていたところ、見るとケースにちゃんと不備があったら…ともしもの場合の連絡先が書いてあったのです。親切~。

でも気後れしてどうしようこれ心の醜いものには聞こえない音なんじゃとか色々考えた末、どうしても会場で視聴させてもらった時の音が忘れられず、メールをしたのでした。



今でも覚えてるのですが、メールを送ってすぐに非常にしっかりとした謝罪のお返事をいただき、CDもすぐに送り直されてきて、どこにも突っ込みどころがないぐらいの完璧さで、私はちょっと、あの、今だから言えるのですが、むっとしたのでした。あまりに丁寧すぎる対応が、事務的でバリアに感じられて。

(そのあたりの事情というか理由は、その後お会いした際に聞いてとても納得するのですが)


でもまあそんなのは当然、むしろ親切にされて怒るとかどういうこと意味がわかならい、人見知りチキンが何を勘違いしているんだ?と思いながら新しいCDを再生したら、ぽん、と涼しいピアノの音が始まって、あ、よかったちゃんと再生された、と、聴いてるうちにどんどんその音にひきこまれ、気がついたら心のダムが崩壊していました。



曲を聞いて泣く、ということがほとんどない人間なので、何がどう自分に響くのか、頭で考えてはみたものの、理屈ではない、これが欲しかったんだ、と心が言う。いやほんとに。

やわらかいながらもどこか暗さやさみしさも含んだ音、自分の感情の深い部分まで降りてじっと見つめているような息苦しさ、そういったものを隠すことなくさらけ出し、美しいものにかえて紡いでゆく強さ。


どういう方なのかは分からないけど、こういう方が、こういう想いで出していく音の一つ一つは、きっと同じような気持ちで日々を生きている人を救うだろう、届いてほしい、そんな気持ちが膨らんで、初めて作り手さんにお手紙を書きました。

我ながら、大それたことをしたものだと思います。しかしそのおかげでこうして今もご縁が続いているのだから不思議なものだなあと、しみじみします。


多分あれが空のCDじゃなく普通に再生できていたら、同じように感動しても手紙までは書かなかったと思う…ぶっちゃけ、空CDだけ送りつけるのも何だかあれだし、というのもあったのです。

だって、好きな作家さんに好きですって言うの、ほんとハードル高いよ?あの日の自分グッジョブ。


縁は異なもの味なもの。

私は手相でも太陽線(人との関わりを表わす線)だけはほんといいので、たまにこれのおかげか…?とじっと手を見たりする。

今はほんとうに家族にも友達にも職場のひとにも恵まれていて、いいのかな、早死にするんじゃないのかな、と思いながら幸せをかみ締めています。

小学生時代の、一番ダークで毎日しのう、明日こそしのう、と考えていた子供の自分に、将来いい友達いっぱいできるからがんばれ、と言ってやりたい。


話がずれましたが、がんばって生きてればいいことはほんとうにある。

人との縁は何かこう、運命とか、めぐってくるようなものを感じますね。スピリチュアル。




ちょっとお知らせというか、宣伝です。


自分が時々参加してはブログにも書いている、札幌で行われている創作イベントwoRks。

そこで知り合い、交流させていただいているお一人、真島こころさん(のことも以前、ブログに書いた記憶があります)が今回、ご自身のサイトで公開されている詩を集めた詩集を出されるということで、それは楽しみだ~と手放しで喜んでいたところ、表紙をお願いできませんかと丁寧なご依頼をいただき、自分でよければと描かせていただき、という説明はこのへんで置いといて、不躾ながら単刀直入に、とにかく詩が最高に刺さるから見てハッときたら買っておくれよ~、というお話です。


めちゃくちゃ素敵なお声の朗読つきPVがありますので、そちらを見ていただきたいです。

http://flower-prayer.com/archives/kannkakukiokusouti-sishu/


なんとなく世界観がお分かりになるのではないかと思います。

儚く揺らぐ言葉の数々。繊細で、時に鋭く胸を打つ。

こころさんのサイトのほうではこれらの詩と楽曲をいっぺんに見て聴くことができます。


え、なら有料で詩集買う必要ないじゃん、と思われた方、まさに。ただでさえ良質なコンテンツが無料で手に入るこの時代、一個人が作ったものを有料で見知らぬ人に手に取ってもらうことの難しさはどんどん上がっていると思います。

でも、だからこそ価値があるのだとも思っています。

ものを買うという行為自体が、それには価値があるということの証であるし、あとは買った人自身がそれについて何かを感じ、思うことでどんどんプラスアルファの価値が生まれていく。そこはもう作り手が知ることはできないけれど。それも何かロマンという感じで。


詩のページごとにその楽曲のQRコードがついていて、読み取るとすぐ曲が再生できるようになっています。このアナログとデジタルの融合具合が個人的に推したいところ。敢えてちょっとひと手間、っていうのがいいなあと。

ほんと、表紙しか描いてないのに自分のものみたいな言い方してあれですが、身内自慢かよ…とかそういう冷めた見方されてもいい違わないだって自慢したいんだこれ吸っちゃうよ紙。嗅いでみてよ。


お気に入りの言葉を持ち歩きたい、紙最高、という方にはぜひおすすめしたいです。

私は詩って、無くても生きていけるという人と、生きてはいけるが詩はよいものだ、という人と、たった一つの詩に救われた、人生を変えられた、という人とでは読み方や受け取り方が全く違うと思うのですが、それ以上に相性もある気がします。


なので、最初に言ったことと矛盾していますが、とにかく見てほしいという気持ちはありつつも、ウィ~どうよこれ、いいだろ~?というテンションではおすすめしません。

例えるなら道で、女性がすれ違いざま何かを落としたので声をかけ、拾ったものを手渡す。女性はありがとうございますと微笑み去ってゆく。その背を見送りながら、渡したものと彼女の笑顔を思い浮かべつぶやく。

「感覚記憶装置…?」


そんな出会いをしてほしい。

通販もありますし、実際に見てみたいという方はこちら


the woRks original 32

2016年 7月17日(日)
15:00~19:00


お越しをお待ちしております。

たくさんのサークルさんが個性的なものを出しているので、きっと良い出会いがあるはず!

保障はしません。出会いは自己責任!赤い糸も自己生産!

そんな心構えで参りましょう。