高校生のもなって「幼馴染」もないもんだ・・・と、たけるはいつも思う。
当然のごとく周りから冷やかされることも多く、正直うんざりしているが、
のどかは一向に気にする様子は無い。


結局今日もふたりで高校までの道のりを自転車を並べて向かう羽目になるのだ。



いつもと同じ道、いつもと同じにおい、いつもと同じ幼馴染との通学路・・・のはずである。


だた何かが違った。


見た夢の影響なのか、最近近所で立て続けに起こっている事件のせいなのか・・・


たけるは違和感を感じながら自転車を進める。



今日もまたサイレンこそ鳴らしてはいないが、一台のパトカーとすれ違った。


「最近多いね」


のどかが話しかけてくる。


「ああ」
たけるは生返事をするのがやっとだ。


そうなのだ、たけるが生まれて以来、大きな事件などほとんど無かったこの街に

立て続けに起こった二つの殺人事件。


街の空気もどことなく殺伐とし始めている。


「二つの殺人事件」
「かわりはじめた街の空気」
「昨夜の夢」


たけるは話かけてるくのどかをよそに、違和感の正体を探っていく。



ふと姉の顔があたまをよぎった。




たけるはその影に向かって、ペダルをこぐ足にさらに力を込める。


しかしその人影と自分の距離は一向に縮まらない。

たけるは額ににじむ汗を片腕でぬぐいながら、必死で自転車を走らせる。


しかし『おにいちゃん、おにいちゃん・・』という声は耳のそばを離れない。


次第に夜の帳がおりてくる。


たけるが追いかける影は、ゆっくりと周囲の闇と同化してゆき、輪郭がぼやけてゆく。


「ママ!待って!ママ!」たけるは叫び続ける。


そして周囲が完全な闇に染まろうとする刹那、



『あの人を、止めて・・』



・・・そう訴えかける幼女の声を、確かに聞いた・・。


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そして、たけるは目を覚ました。


時間は朝の5時。


3月のこの時間では、早朝の空気は冷たい。

たけるは全身汗びっしょりになっている身体を気だるげに起こし、朝の静謐な空気を胸に吸い込んだ。



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彼、月城たけるは高校1年生。

両親は彼が幼いころに鬼籍に入っているため、刑事を職業としている姉と二人暮らしだ。


しかし、最近ニュースや新聞で見ない日はない連続死体遺棄事件に関わっているらしい姉は、ここ数日家で見かけない。


もう慣れっこになっている光景ではあるが、たけるは朝起きて一人だと分かると気持ちが沈む。



さびしい、という感情ではない。


言葉にしにくい胸騒ぎと、しかしどうにもすることができない「学生」という自分自身の無力さを、

この家に一人でいるときに強く感じ、気が滅入るのだ。


彼は姉を尊敬している。将来は姉の跡を追って、刑事を目指すつもりがある。

早く姉の助けになりたい、という思いが、彼をどこかあせらせるのだろうか。


たけるは、このような自分でも明確に言葉にできない感情を、一人のときはいつも持て余す。


しかし、今日に関しては違った。

今朝見た夢が頭の隅から離れない。

「ママ、か・・」


たけるは夕食の残りの味噌汁を温めなおしながら、そうつぶやいた。


母親の記憶はほとんどない。今まで夢ですらほとんど見た記憶がない。

そもそも、夢の中の自分は小学生の背格好であった。その年のころ、すでに母親は他界している。


それがなぜ今朝、あのような・・


たけるは手馴れた手順で朝食を用意し、テーブルに腰かけた。

そして、そっと写真立てが並ぶ部屋の一角に目をやった。


少し色褪せた写真の中で、微笑む両親と10歳上の姉、めぐみ。そして母の腕に

抱かれてむずがっている自分が、写っている。


10年前の、どこにでもあるありふれた、しかし幸福そうな家族の写真だ。


たけるは、姉が落ち着いたら、久しぶりに母の思い出話を聞かせてもらおうかと思案していた。

姉弟で両親の話をすることは滅多にない。


やはり刑事であった両親は、とある事件に巻き込まれる形で亡くなった。

たけるは当時5才。

詳しいことは聞かされてなく、文字通り姉の手ひとつで育てられてきた。



・・そんなことにとめどなく思いを馳せつつ朝食を終え、身支度もすんだ頃合に、

これもいつもの光景だが、計ったようにドアが勢いよく叩かれる音がした。

時計を見ると、7時半。

時間通りだ。



「たけるー!準備できた?学校行くよーー!!」



快活な女の子の声が、ドア越しに響く。


隣に住む幼馴染の柊のどかが、今日もたけるに一日の始まりを告げた。


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「おにいちゃん、お話きいてよ、ねーねー、おにいちゃん……」


たけるは、誰かが自分にそう呼びかけている気がして、自転車をとめた。
(おっかしいなぁ、またあの声だ、僕どうしちゃったんだろう)

辺りを見回しても誰もいない。
夕方の公園。

いつもは、ブランコや滑り台で はしゃぐ子どもの姿や、その横で 井戸端会議をしているおばさんたちがいるはずなのに、誰もいない……

(あれ、おっかしいや、なんでみんないないんだろう、おっかしいや)


たけるはペダルをこぎだした。
こいでこいで、こぎまくった。

世界に一人ぼっちという不安を打ち消すように。あの子の声を聞かないように。

漕いでいる足に、より一層ちからをこめたとき、前方に人影がみえた。

「ママ!」



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