日曜日「東京の東っ側で虐待を語ろう~地域と地域住民ができること~」
という勉強会だった。
35名の多種多様な方にご参加いただき
心より御礼申し上げます。
ちゃんとした会の報告は
この会を一緒にやってくれた
流山の八重ちゃんにお任せするとして・・・
私なりの感想と意気込みを
心が熱くなっているうちに。

この勉強会をやる告知をしてから
このタイトルのせいか
色々な感想を持つ方も少なくなかった。
やはり「虐待」という言葉の持つイメージ
悲しみや怒り
どうしようもない胸の痛み
そういったものが先行してしまい
果たしてこの会に参加して
意味があるのだろうか
自分には出来ない
自分自身も子育てで
胸を張れるほどのことをしているわけではない、
そんな風に思った方がいたことも事実。
なるほど。
そう思うのも分からないでもない。

元文京区子ども家庭支援センター所長で
日本大危機管理学部の鈴木秀洋准教授によるご講義。
今までもやもやしていたものが
少しずつスッキリしていく。

ワーク1の「虐待って?」では
自分の持つ虐待のイメージや
鈴木先生のお話を聞いて感じた「虐待」を
グループで共有。
私的には、「虐待」という言葉が
やっぱり良くない
という感じ。

様々な事例を見ると
最初から虐待しようと思って産む(作る)人はいないわけで
どこかでその歯車がずれてきて
結果そのような事態になってしまう。
それも急にじゃなくて徐々に。
その「徐々に」というグラデーションは
線引きをすることは出来ない。

ワーク2の「地域で出来ること、私が出来ること」では
そのグラデーションの間にできる
「声掛け」がキーワードとなった。

日本人はとかく声掛けが苦手。
色々なシチュエーションで
もし声を掛けて断られたら
反論されたら
逆に怒りをぶつけられたら、、
そう思うと誰しもひるんでしまうもの。

鈴木先生からの提案の一つ
「場面を切り替える」という手法。
声掛けをするより
その相手の気を引くこと
例えばコップを落としてみたり
子どもに飴ちゃんをあげてみたり。


Are you OK?
そう言うだけで救われることがある。
大丈夫?
簡単そうで難しいかもしれないけれど
それで助かる保護者や子どもの命があるのならたやすいこと。
大丈夫?と聞いて
本当に相談にのるわけじゃなくても
話を聞くよ、っていうこちらの気持ちを伝える。
鈴木先生も言っていた
一日に2回おせっかいをやろう。
それなら明日からでもやれそうじゃん。

様々な場面でスマートな声掛けが出来るといいのになぁと
勉強会の後の懇親会でもみんな言ってたっけ。

今度、参加者がそれぞれ
困ったシチュエーションを持ち寄って
みんなでその時に掛けるスマートな言葉を考える
っていう会もやりたいね。
いや、やろう。
絶対。

次回の開催日時は決まっていないけど
回を重ねることがとても重要だとわかったから
またやります。
たくさんの小さな力を
意識の底上げを目指して。

その後の花火はオマケ。
打ち上げ花火をあまり好きになれない理由が分かった。
終わった後のさみしい感じが嫌なんだな。 
もっともっと
ずっと楽しいことは続いてほしい。
でも今日、すべての花火が打ち終わった後
見知らぬ人たちと自然と拍手をした時に
花火も結構いいかも
って思った。
ちょっとだけ。

今日お会いしたみなさん
ありがとうございました。
明日からまた頑張ろう。