私は普段人間の姿を借りて生きている。
普遍的な人間の営みを一様に真似ている。

そんな中、最近よく目にする種類がいる。
スピリチュアルという目に見えない存在や力を信じている人たちだ。

個人経営というスタイルで生きている彼らに多く存在している。
糧を自分の力量で得なければいけない、会社の安定に属さない人種だ。

そんな彼らの中には、不安から脱したいのか、スピリチュアルという存在を信じている
者たちがよくいる。

何かに委ねることで、目に見えない安心感を得られるようだ。
それはセルフケアできる有効手段として画期的なものだと思うが、私が不思議に思うのは
彼らはその目に見えない存在の共用をグルーピングで行うことである。

本来、セルフコントロールできるようになるための、自立型ケアだと思うのだが、
中には、このスピリチュアルを好ましく思わない人種も多々存在する。

スピリチュアルの目的はなんだろうか?

平和や愛といった崇高な理念があるはずなのだが、これが有効に働くのはあくまで
その存在を信頼している共用者に限定されている点である。

その存在を否定している人間に対し、彼らは途端に異端の目を向けている。
あまつさえ冷酷な人間のような印象を抱き、距離を図ろうとする。

生まれてから人類は自由なはずなのに、それを信じれず、恐れ、
他者との違いに大きな不安を感じているようだ。

選択する自由があるということを忘れてしまっている人間が多い。
その違いは、自身に影響を及ぼすことは到底ないというのに。

違いを認めないスピリチュアルは結局のところ、本質に至っていないのではないだろうか?